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阿弥陀ヶ滝参拝

 毎月二度、白山美濃馬場・中宮長瀧寺の古の修験の行場・鳩居峯十宿のうちの五宿を巡拝しておりますが、そのうち一度は、たいてい、白鳥の正法寺坐禅会の後に入峯しています。今日もそのつもりでしたが、未明から雨、長良川沿いに車で遡ってゆく途中、二回雷光が瞬き、坐禅前の発願文読誦中にも大きな雷鳴。三回の稲光に白山権現の警告を感じ、鳩居入峯は日を改めて行じることにしました。坐禅中も屋根上から雪の落ちる音が絶えず、雨で雪が緩んでいるのが分かります。坐禅会後、阿弥陀ヶ滝へと向かいました。長瀧寺の名の由来であるこの滝は、長瀧寺からの古の白山美濃禅定道からも、また鳩居峯十宿の尾根からも少し離れている為、毎月近くを歩きながら寄れません。今日はよい機会、と、雨中、カッパに長靴、腰にかんじき提げ、喰わず座らず撮らずの鳩居入峯時は持たぬケータイも持って、久々の参拝です。
 滝までの道は分厚い雪に覆われ、雨に緩んで膝まで沈みますが、かんじきなしで進めました。滝入口の店は屋根までの雪。


阿弥陀さまを祀ったお堂に参拝して滝へ。


処々、腰まで沈みます。滝の向かって左の崖が、音を立てて雪崩れてきました。


やがて、轟々と落ちる阿弥陀ヶ滝に参拝。


「長瀧寺真鑑正編」によれば、養老元年(717)に白山を開いた越ノ大徳・泰澄和尚が御前峰・別山・大汝峰の山上に三所権現を祀った後、三方から道を開こうと美濃側に下り、社宇を造営して白山中宮美濃馬場としました。養老6年(722)、再び美濃国に入った和尚は、中宮に白山三所権現(大御前・小白山(別山)・越南知)を祀って本地仏(十一面観音菩薩・聖観音菩薩・阿弥陀如来)を納め、中宮の西北の山中に神女のお告げでこの滝を見出だし、白山中宮の寺号を長瀧寺(ちょうりゅうじ)としたのでした。
 滝の裏に不動明王が祀られているのですが、氷に閉ざされて見えず。向かって左から進もうと試みましたが、氷の柱の前には、上から落ちてきた巨大な氷柱が転がっています。


見上げると、上には氷の剣。


いつ落ちてきてもおかしくありません。反対側へ回り、窟の中へ。滝の裏に近づき、氷の中の不動明王に慈救呪を誦しました。



 窟内にて法要を修し、念仏、正身端坐。


轟々と流れ落ちる滝の音は、不断の念仏です。天文年間(1532~55)、長瀧寺阿名院・道雅法印がこの滝で修行中に阿弥陀如来を感得してから、阿弥陀ヶ滝と呼ばれるようになったそうです。煩悩・黒業・苦しみを不断に穿ち続ける、南無阿弥陀仏の瀑布。冬・春・夏・秋と四季は移ろってゆきますが、五百年前の道雅法印の頃から、千三百年前の泰澄和尚の頃から、さらにもっと昔から流れ続けている、この滝。その響きは阿弥陀さまの名号であり、白山権現のご宝号です。


 
 若シ白山ノ名ヲ聞ク善悪諸衆生、生死ニ流転セバ、我レ即チ成仏セジ。(藤原敦光「白山上人縁記」、西因上人願文)

平安時代後期、白山加賀馬場・笥笠中宮(けがさちゅうぐう)神宮寺の西因上人は、白山三所権現を阿弥陀如来・聖観音菩薩・十一面観音菩薩の阿弥陀三尊と拝み、昼夜不断の念仏三昧を行じました。美濃馬場・長瀧寺から美濃禅定道を登って白山三所権現に参詣する場合、別山(本地・聖観音菩薩)を経て御前峰の本社(本地・十一面観音菩薩)に参拝し、大汝峰の奥の院(本地・阿弥陀如来)に至ります。また、長瀧寺から尾根伝いの修験行場があった鳩居峯に登ると、樹間に拝む白山のお姿は、別山(聖観音菩薩)と御前峰(十一面観音菩薩)の間に大汝峰(阿弥陀如来)が頭を覗かせる、山越来迎阿弥陀三尊。白山社や白山曼荼羅の三所権現の並びは、どこでも、御前峰(十一面観音菩薩)を中尊とする越前側からの白山のお姿がベースとなっています。ところで、十一面観音さまも聖観音さまも共に、宝冠に阿弥陀さまの化仏を戴いています。白山をどの方角から拝んでも、三所権現の帰する処は畢竟、一仏であると申せましょう。一仏を拝むことは一切仏を拝むことであり、一切仏を拝むことは、一仏を拝むことに異なりません。
 大自然の美しさと厳しさ、白浄にして荘厳な気を受けて、一時間ほどして窟から出、大日ヶ岳と毘沙門岳から流れ落ちる阿弥陀ヶ滝のお水と共に、来た雪の上を下ってゆきました。


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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝