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うその祖先とまことの祖先

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 よく、こんなことが言われる。自分の直系の祖先の数は、一代前は父母二人、二代前は祖父母四人、三代前は曾祖父母八人、n代前は二のn乗人。だから、十代前には千二十四人、二十代前には百四万八千五百七十六人いたことになる。これらの祖先たちの一人でもいなければ、自分というものは存在しなかった。自分というものはなんと尊いものなのだろう、と。
 一見、本当らしく聞こえ、坊さんや神職などもよく説いているこの理屈。だが、ちょっと考えればこんなことは有り得ないことが分かるはず。このようなことを説いている宗教家は、如何なる人類発生論を説くのだろうか?怪しいものだ。祖先というのは血も肉も心も備えた実在だったのであり、二のn乗などどいう机上の空論では捉えられない。
 この自己中心的祖先観の問題は、各世代の横のつながりを完全に無視していることにある。例えば、「私」の父方の曾祖父と母方の曾祖母が兄妹だったとしよう。すると、この曾祖父と曾祖母の両親は同一人物となり、二のn乗説ではこの両親を重複して数えていることになる。両親ばかりではない、この曾祖父と曾祖母のすべての直系の祖先を重複して数えていることになるのだ。「私」の十代前はこの曾祖父と曾祖母から見れば七代前だから、二のn乗説で十代前は千二十四人とカウントしたうちの二の七乗=百二十八人が重複していることになる。二十代前の百四万八千五百七十六人のうち、十三万千七十二人は重複していることになる。
 あるいは、「私」の父方の祖母と母方の祖母が従姉妹だった場合にも、同じ計算となる。実際には直系の祖先を遡るほど、同じ代で兄弟姉妹、従兄弟姉妹、はとこといった祖先を同じくする人たちがどんどん増えてゆき、二のn乗はどんどん重複してゆく、つまり系統は収束してゆく。そして最終的には、どの系統も同一の一組の男女に辿り着くだろう。その男女をイザナギ・イザナミと呼ぼうが、アダム・イヴと呼ぼうが、マシュヤグ・マシュヤーナグと呼ぼうが同じこと。最初の人類の父母だ。代を遡るほどに架空の祖先が増えてゆく二のn乗説は、天動説と同様、自己中心的な見方に基づく思い違いと言えよう。
 祖先に思いを致すなら、机上の空論よりも自分の足元を顧みた方がよい。富山県氷見市の大境洞窟は、縄文時代前期・約六千年前、現在を上回る温暖化による海進で波に浸食されてできた洞窟で、その後の地震等による落盤で六つの層が堆積している。
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(大境洞窟、2023/10/29)
江戸時代には祀られていたという現在の白山神社のすぐ下の第一層は、室町~戦国時代の層。その下の第二層は奈良~平安時代の層、第三層は古墳時代中期~後期(五~六世紀頃)。第四層は弥生時代中期末~古墳時代初期(一~三世紀末頃)、第五層は縄文時代晩期末~弥生時代中期中頃(約二千五百~二千年前頃)、そして第六層は縄文時代中期~後期、約五千~三千五百年前頃の層。現在の白山神社が、中世~古代~古墳時代~弥生時代~縄文時代の先人たちの遺物や遺骨を基盤にして立っていることが実感できる。
 岐阜市の芥見町屋遺跡でも、長良川の氾濫等の土砂堆積により中世(鎌倉時代)、古代(奈良~平安時代)、弥生時代後期~古墳時代初頭(一~三世紀末頃)、縄文時代晩期(三千~二千五百年前頃)の各層から遺物や遺構が出土しており、私たちが普段生活している地盤の下に、各時代の先人たちの生活の痕跡が眠っているのを実感できる。
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(芥見町屋遺跡、2023/11/25)
 富山市の小竹貝塚(おだけかいづか、縄文時代前期)等の縄文~古墳時代の人骨のゲノム(遺伝情報)解析の結果によれば、現代の日本人は、縄文人に弥生時代に大陸から渡来した人々が混血し、さらに古墳時代に大陸から渡来した人々が混血して成立した、三重構造モデルが解明されたという(小竹貝塚ー6,000年前のとやま人のくらしー、富山県埋蔵文化財センター)。また、小竹貝塚の人骨のミトコンドリアDNA分析の結果、前期縄文人はすでにアジア大陸北方系と南方系の遺伝的特徴を持っていたことも明らかとなっている(同)。後期旧石器時代の最終氷期、現在よりもはるかに寒く海面も低かった時代、樺太方面、朝鮮半島方面、琉球方面から地峡伝いにやって来た旧石器人たちが混血してゆき、縄文人が成立したのであろう。
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(小竹貝塚、2023/11/15)
 二のn乗などという机上の空論に惑わされていては、本当の祖先の姿に近づくことはできない。祖先は二のn乗ではないし、自分も二の0乗ではない。血と肉を備え、心を備えた実在だ。自分の足元の深層を、そして心の深層を見つめていってこそ、本当の祖先の姿に近づけるだろう、中世の祖先たちに、仏教を受け容れた古代の祖先たちに、大和王権に臣従した古墳時代の祖先たちに、大陸から稲作を伝えた弥生時代の祖先たちに、土器を作って煮炊きと定住生活を始め、現代を上回る温暖化と海進を乗り越えて繁栄した縄文時代の祖先たちに。
 自分とは、二のn乗の子孫ではない。最初の人類の父母の、氷河期に獲物を追って大陸からやって来た旧石器人たちの、彼らが混血した縄文人の、弥生時代と古墳時代に大陸からやって来てさらに混血した渡来人たちの、この日本列島の土の下層と日本人の心の深層に眠る先人たちの末裔であり、根を同じくする人類の樹の、無数の先端の一枝葉なのだ。

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松尾如秋

Author:松尾如秋
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、森羅万象を統べているものとの一対一の対話
白山と、白山に育まれているすべてのものへの讃歌
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝