FC2ブログ

記事一覧

越前・篠座神社~飯降山登拝

 2月9日朝7時、越前大野の篠座神社(しのくらじんじゃ)に参拝。


社殿の背後には、飯降山(いふりやま)。社伝によれば、養老元年(717)、泰澄大師が越知山から白山に登拝して白山三所権現を開かれた帰路、当地の池にて大己貴命(オホナムチノミコト、大国主神)を感得され、お祀りされたとのこと。池の霊水は眼病に効くといわれています。


大己貴命は白山三所権現(白山妙理大権現(御前峰、本地・十一面観音菩薩)・別山大行事権現(別山、本地・聖観音菩薩)・越南知権現(大汝峰))の越南知権現(大己貴権現、本地・阿弥陀如来)の垂迹神としても祀られている神さまです。

「今、泰澄和尚ノ祈請ニ酬(こた)ヘテ、大己貴権現之神化ヲ示ス。倩以(つらつらをもんみ)レバ今生ニ求ル所ハ、一旦ノ栄路也、何ゾ強(あなが)チニ心神ヲ労(いたま)サン。当来ニ望ム所ハ、九品ノ蓮台也、争(いか)デカ念力ヲ運バザラン。(中略)此ノ時若シ弥陀応化之霊神ニ遇ハズンバ、焉(いづく)ンゾ往生極楽之目足ヲ得ルコト有ンヤ。」(大原・勝林院に伝わる平泉寺の「白山権現講式」、享禄3年(1530)書写)

出雲に大社を造営することを条件に、天つ神への国譲りを受け入れた大己貴命(大国主神)は、

「吾が治(しら)す顕露(あらは)の事は、皇孫(すめみま)当に治めたまふべし。吾は退(さ)りて幽事(かくれたること)を治めむ。」(「日本書紀」)

と、国譲りの後は「幽事」を治めておられる神さま。「幽事」とは、表には見えないこと、意識下の世界。白山・大己貴権現の本地があの世の救い主・阿弥陀さまとされているのは、実に相応しく感じられるのです。大己貴命を拝み、霊泉で左目・右目、そして鼻を清めました。
 7時半に篠座神社を発ち、長靴で西に聳える飯降山へと行道。


飯降(いふり)の登山口より、東に荒島岳を遥拝。


念のためかんじきも持ってきたのですが、山麓は全く雪がありません。


登山道に入って飯降山白山大権現に参拝。


泰澄大師が越知山から臥の行者・浄定行者と共に飯降山に登られた際、白山三所権現と荒島権現が現われ、此処に草葺きの小庵を建ててお祀りし、篠座と名づけたとのこと。飯降山の名の由来には諸説あるようですが、一説には、泰澄大師が飯降山に籠られた際、食料を求めることが全くなかったため、里人たちが「天から飯を降らしているのだろう」と尊んだそうです(「福井縣大野郡誌」、明治44年)。また、継体天皇の母・振媛(ふるひめ)を祭る山との説もあるそうです(同書)。「日本書紀」によれば、継体天皇が幼い頃、父の彦主人王(ひこうしのおほきみ)が亡くなられ、振媛は故郷の越前国高向(現・丸岡町)で天皇を養育されたそうです。
 白山権現ご宝前で勤行を修し、山道を上へ。


尾根は次第に雪に覆われてきましたが、気温が低くよく固まっており、歩きやすいです。神社から一時間半弱で山上の御嶽神社(おたけじんじゃ)に参拝。


社前からは眼下に篠座神社や越前大野城が見下ろせ、彼方には正面に聳え立つ経ヶ岳の右後ろに別山と三ノ峰、左後ろには大長山と、雪雲に隠れた御前峰・大汝峰。


さらに左側には、法恩寺山から平泉寺へと下る白山越前禅定道。白山に向かって観音経を読誦し、白山三所権現を供養しました。


社の後ろの山頂に登ると、西側を背に阿弥陀さまがお祀りされていました。


白山・大汝峰の越南知権現は、本地が阿弥陀如来、垂迹は大己貴命。極楽浄土も出雲も此処から西にあり、越南知権現を自ずと拝まずにはおれません。西面して念仏をお称えし、亡き妻と子に手向けました。
 さらに南へ雪上を行道し、奥之院へ。


祀られているのは、聖観音菩薩。泰澄大師と行基菩薩が共に刻んだとのことです。祠の背後には銀杏峯と部子山、東には荒島岳を遥拝。


般若心経をお唱えし、白山有縁の生きとし生けるものの幸いをお祈りしました。西の樹間には福井平野や越知山方面を遠望。


「泰澄和尚伝記(たいちょうかしょうでんき)」によれば、泰澄大師は越前国麻生津の出身。飯降山奥之院の由来にも、「浅水村の三十八社と言うところに生まれ」と書いてあります。北側には、大日山~浄法寺山を経て豊原寺方面へと続く山並。


9時半に下山、気温が少し上がり、処々ズボッと足がはまります。一気に下ってゆくと山道の雪は消え、登山口へは下らずに大野城見つつ戌山城址へと縦走。


山頂から一時間弱で戌山城址に着き、飯降山を見上げました。


室町時代に築かれた城郭で、金森長近が亀山に城(大野城)を築くまで使われていたそうです。来た道を戻って飯降白山大権現に参拝、登山口に下ると地元の方が歩いていたので、ご挨拶。今年の雪は例年の三分の一くらいしかないそうです。私が持ってきたかんじきもストックも、出番は全くありませんでした。「飯降」の読み方が書物やネット等でまちまちなので、お尋ねすると、「いふり」が正しいとのことでした。間違った呼び方は、地元の方に対して失礼です。11時半、篠座神社に戻り、大己貴命と白山権現、および泰澄大師に登拝を感謝し、世界の天神地祇、並びに人類の融和・調和をお祈りしました。


関連記事

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

白山順禮写真館

Haxanjunrei

松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝