FC2ブログ

記事一覧

白山鳩居峯五宿~美濃禅定道別山登拝2

 翌6月18日、朝4時半に神鳩宮避難小屋発。曇っていますが、南に石徹白や毘沙門岳、滝波山・美濃平家岳・平家岳が見渡せます。


母御石へと登ってゆき、雲を被った三ノ峰・別山遥拝。



銚子ヶ峰頂部は断続的な霧雨。


5時15分に登頂し、左手に湿原や願教寺山を見下ろしつつ縦走。


登山道を覆う雪渓を三回渡り、ハクサンチドリ、ゴゼンタチバナなどの小さな花々を拝みつつ一ノ峰へと登ってゆきました。


 銚子ヶ峰から一時間で一ノ峰登頂、二ノ峰との鞍部で、ハクサンマイマイにご挨拶。


雨はさほどではありませんが、標高二千m近くなると西風が冷たく、カッパを着ました。鬼ノ鼻面石、二ノ峰を経て7時前に水呑権現参拝。


「越前国名蹟考」に引用されている「白山紀行」(十七世紀後半)に、
「三の峰に水飲王子あり。是も山上の六所の王子のひとつなり。」
とあります。白山の六所王子(佐羅王子・三宮王子・加宝王子・禅師王子・金劔王子・児宮王子)は、越前・加賀・美濃の白山三馬場の山下にそれぞれ祀られていましたが、美濃馬場では山上にも祀られていたようです。水呑王子は児宮王子で、本地はお釈迦さまの誕生仏。


クロユリの花を拝みつつ法華経如来寿量品偈を読誦、三ノ峰から別山への尾根が雲間にうっすら拝めました。


 三ノ峰への登りは、この時期はまだ雪渓があります。


アイゼンを履き、雨の中、雪渓を登ってゆきました。


8時前に三ノ峰避難小屋着。


別山に登る前に不要な荷物を一旦小屋に置き、トイレで小用を足していると、小屋がカタカタと揺れました。ラジオを点けると、大阪で震度六弱の地震。無事を祈りつつ三ノ峰へ登り、箕面で亡くなられた(昇天された)役行者にお祈りしました。


東から吹きつける霧雨の中、別山平へ登ってゆき、9時前にハクサンイチゲ咲く御手洗池着。


加宝王子(本地・虚空蔵菩薩)に参拝して別山へと登ってゆきました。
 山頂部は霧雨程度ですが、冷たい東風。9時半に登頂、別山大行事権現(本地・聖観音菩薩)に観音経読誦。


霧で展望はなく、十日前に越前禅定道を経て此処に参拝した時よりも寒いです。山頂より大阪の方を向いて、白山権現と役行者に無事を祈願しました。
 ニッコウキスゲなどの花々を拝みつつ別山平に戻り、三ノ峰へ。


ラジオでは次第に被災地の状況が伝わってき、亡くなられた方々に掌を合わせました。11時頃三ノ峰に戻り、アイゼン付けて雪渓を降下。


雪渓を東側へ下りすぎてしまい、藪をトラバースしつつ水呑権現方面へ登ってゆきました。


正午すぎ、水呑権現にて児宮王子に参拝。地震で亡くなられた子に、念仏をお唱えしました・・・。
 霧雨の中、足元のハクサンマイマイに挨拶しつつ二ノ峰から一ノ峰へ。銚子ヶ峰が近づくと、霧が晴れてきました。


13時半に銚子ヶ峰登頂、母御石に下り、南に石徹白を遠望。毘沙門岳は雲の中でしたが、次第に姿が現われました。


神鳩宿に参拝して母御石山を見上げ、さらに下ってゆくと、毘沙門岳・西山の後ろに滝波山や美濃平家岳も見えてきました。


山道に咲く三株のギンリョウソウに白山三所権現を拝み、15時半にいとしろ大杉参拝。


熊清水から谷を降下。


馬蹄形の崩壊地から藪を下って倉谷に出、16時すぎに倉谷橋着。


昨日の往路は美女下平、鍋倉平と古の美濃禅定道を行道しましたが、今日の復路は石徹白川沿いの林道を無念無心に行脚。昨日、八丁坂から林道に下りた辺りの少し南側で、崖が崩れかかって車両通行止となっていました。


 17時15分に中居神社に参拝。


大師堂へと向かう途中、毘沙門岳と桧峠を遠望。


行き倒れになった白山順礼の供養塔に念仏をお称えし、大師堂に参拝して桧峠方面へ。


18時、石徹白の水田の彼方に別山と三ノ峰が遥拝できました。


八時間前、霧雨の中を登拝した別山。今日18日は、観音さまのご縁日。ようやくお姿を現わした別山大行事権現(本地・聖観音菩薩)に延命十句観音経をお唱えし、大阪の地震で亡くなられた方々のご冥福と、被災地の復興をお祈りしました。
 車道を桧峠へと行道。18時半に一之瀬社参拝。車道から谷沿いの藪を登って車道を横断、19時すぎに藪から旧桧峠に出ました。


峠のお地蔵さまに掌を合わせ、ヘッドランプ点けて古の美濃禅定道を降下。19時45分頃、茶屋峠のお地蔵さまに参拝して南方に白鳥の町灯りを遠望。


20時に床並社跡着、金剛童子に参拝し、空に三日月を拝みました。


前谷に下って千人塚、悲願寺と順拝し、21時15分に長瀧寺着。


拝殿と大講堂にお参りし、豪潮律師の宝篋印塔の下にて投地礼。無事に鳩居峯五宿順拝と美濃禅定道別山までの登拝ができたことを感謝すると共に、三世の一切諸仏に、被災地の方々が今般の困難を乗り越えられるようお祈りしました。
 
「国国を廻り、山山を越、浦浦をつたい、大河小河を渡り、心を清め、霊仏霊社に参拝して信心を発し、霊性清浄の気をうけて自己清浄となし、山水草木珍石に向ても、彼れが清浄の気をうけて自己を清め、貴賤・上下。善悪の人に触て自己の非を改、心をやはらげ、自他の差別なきの理を知り、心を住処なく、万境に著せずして、一生は唯、浮世の旅也事を観じて、樹下岩谷あばらやに臥して心を澄し、捨身の心を守りて、専清浄の気を移すべき修行也。」(鈴木正三「麓草分」、四、行脚ニ功徳有ル事)

白山美濃馬場・白山中宮長瀧寺の古の山伏の行場「白山鳩居峯」は、「はとい」と読まれていることが多いものの、古老の方のお話では「きゅうきょ」と伝え聞いてきたとのこと。いずれにしても、「鳩居」とは仮住まいの意であり、山野を仮の住み処として修行する山伏に相応しい名です。山野ばかりでなく、この世も仮の住み処。苦しみ尽きせぬこの世を行場として、道場として、仏道を、苦しみを超える道を行じてまいりたく思います。
関連記事

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

白山順禮写真館

Haxanjunrei

松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝