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旅立ち


殿は皆にこう言った。
「もはやこれまでじゃ。」
城は敵に完全に包囲されていた。殿は降伏よりも自決を選んだ。
皆は次々と死んでゆき、殿と家老なる私だけが残った。
「先にゆくがよいぞ。」
殿はそうおっしゃった。私は覚悟を決め、刀を腹に向けて構えたまま、一呼吸した。
正面に、観音さまの木像が祀ってあった。厨子の中に坐す尊像を見て、私はこう言った。
「これであなたとも今生のお別れですね。」
思いっきり、腹に刀を突き立てた。そして、腹を切り開いていった。あまり痛みは感じなかったが、両腕は固く小刻みに震えていた。そして、殿の振り下ろした刃を首に感じた。
瞬間、ふと、なぜ最期に観音さまの像にお迎えを祈るのでなく、お別れの挨拶をしたのだろう?と思った。
そして、すべての思念は消え去った。

その声は私に告げた。
「何かあれば私の名を呼びなさい。」
二つの扉の前で暗号を教わり、私は左の扉から、他の二人は右の扉から旅立っていった。
ある男が私に付き纏い、どこから来たのか、何をしにゆくのかとしつこく尋ねた。私はメモ帳に書き留めておいた暗号を見せ、きちんと許可を得て旅していることを伝えた。
ふと、街中でこんな噂を耳にした。
「秘密の暗号を盗み出した者がいる、捕まえた者には莫大な賞金が出る。」
男はいきなり私を捕らえようとした。周りの人たちも寄ってたかってきた。とっさに、私は暗号の下に書き留めてあった文字を大声で叫んだ。
「ルォシャー!」
途端に、周りにいた人たちは跡形もなく消え去った。自分で発したその言葉に、私は仏教の盧舎那仏を想うと同時に、パルティア語の「ローシュン」(光明)を、ラテン語の「ルクス」(光)を、さらにゾロアスター教の神「スローシュ(スラオシャ)」を想った。
その言葉は、それらの意味をすべて含んだ、光明世界の主の名の一部に他ならなかった。すべての被造物・生きとし生けるものの内に混在している光の粒の、根源であり故郷である、光の世界の主の名の一つに他ならなかった。

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松尾如秋

Author:松尾如秋
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、森羅万象を統べているものとの一対一の対話
白山と、白山に育まれているすべてのものへの讃歌
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝