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曹操「対酒」

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 2021年3月6日は、旧暦1月23日。千八百一年前(220)に、魏の曹操が洛陽で亡くなった日です。「三国志」の英傑として知られる曹操は、詩人でもありました。その詩を読めば、彼が儒家・墨家・道家・法家・兵家等の思想にも通じていたことが見てとれます。一面では情け容赦なく、一面では情に厚く器のデカい男、曹操。乱世のさ中、彼は酒を片手に、理想とする太平の世を詠っています。

 対酒

酒に対(む)かいて歌わん 太平の時
吏は門を呼ばず
王者は賢にして且つ明
宰相股肱皆忠良
咸(みな)礼譲
民は争訟する所無し
三年耕せば
九年の儲(たくわ)え有り
倉穀満ち盈(み)ちて
班白は負戴(ふたい)せず

「班白」とは白髪まじりの人、「負戴」とは荷物を運ぶこと。

雨沢此の如くなれば
百穀用(も)って成り
走馬を却(しりぞ)けて以て糞す 其の土田に
公・侯・伯・子・男の爵
咸(みな)其の民を愛し
以て幽を黜(しりぞ)け明を陟(すす)め
子を養うこと父と兄の若(ごと)く有り

「走馬を却けて以て糞す」は、「老子」の語。
「天下が道にかなっていれば、
早馬は農村に退(の)いて田んぼを肥やす。
天下が道にかなっていなければ、
軍馬が辺境で子馬を産む。
多欲よりも大きな罪はなく、
足るを知らぬよりも大きな災いはなく、
欲得づくよりもひどい咎(とが)はない。
だから足るを知ることに満足するなら、
いつでも満ち足りていられるのだよ。」
(「老子」第四十六章、パンデミック訳)

礼法を犯さば
軽重其れに随(したが)って刑し
路に遺を拾うの私(よこしま)無し
囹圄(れいぎょ)空虚にして
冬の節に人を断たず
耄耋(ぼうてつ)皆寿を以て終わるを得
恩沢広く草木昆虫に及ぶ

「囹圄」は牢獄、「耄耋」は八、九十歳の人。牢獄は空っぽで、冬の終わりに処刑される人もない。老人はみんな天寿を全うし、恩沢は草木昆虫にまで及ぶのだ、と。
 この最後の句は、兵法の書「三略」をベースに詠まれたのでしょう。
「夫れ能く天下の危うきを扶くる者は、則ち天下の安きに拠す。
能く天下の憂いを除く者は、則ち天下の楽しみを享く。
能く天下の禍を救う者は、則ち天下の福を獲る。
故に沢、民に及べば、則ち賢人は之に帰す。
沢、昆虫に及べば、則ち聖人は之に帰す。
賢人の帰する所、則ち其の国は強し。
聖人の帰する所、則ち六合は同ず(天地四方が和同する)。
賢を求むるに徳を以てし、聖を致らすに道を以てす。」
(「三略」下略)

 誰もが天寿を全うでき、草木も昆虫も、生きとし生けるものが折り合って生きてゆける世の中。千八百年以上前に曹操が夢見た太平の世は、二十一世紀の私たちの理想と何ら変わるところはありません。パンデミック、地球温暖化、災害多発の現代。曹操なら、どう対処するでしょうか?酒を片手に、曹操とじっくり語り合ってみようと思います。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝