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白山上人縁記1 䓗嶺の如し

 白山の美しさに魅せられ、奥美濃の藪漕ぎ雪踏み白山を遥拝し、越前・加賀・美濃・飛騨の四方から白山に年々歳々登拝すること、十有余年。山川草木、鳥獣虫蛇、神仏神仙を拝みつつ、野人は順禮を続けております。
 白山には越前・加賀・美濃の三馬場を中心に、様々な伝承や記録が残されています。白山を八世紀はじめに開かれたという泰澄大師についても、各馬場に同工異曲の話が伝わっています。例えば、泰澄大師が白山を開く直前に修行しておられた山が、越前では越知山(おちさん)、加賀では医王山(いおうせん)。どちらにも飛鉢伝承があり、越後の米山にも泰澄大師と飛鉢の伝承があります。各地の伝承は興味深く、白山信仰は斯様にして各地に広まっていったのでしょう。
 しかし、それらの伝承は話としては面白くても、史実としての重みが感じられません。飛鉢伝承にしても、官米をそれこそ命がけで運ばされていた運脚に鉢を飛ばして米を取るなど、もっての他の振る舞いです。食料は自腹で行き倒れになる運脚も多かった当時、そんなドローンみたいな鉢があるのなら、米を少しでも都へ飛ばし彼らの負担を減らしてこそ、菩薩の行というものでしょう。
 「泰澄和尚伝記」が十世紀前半に活躍した浄蔵法師の口述によるとか、「白山大鏡」が十一世紀前半の権大納言・藤原能信の作とされているのも、虎の威を借る狐といったところでしょう。そんなにしてまで権威づけなくても興味深い内容の書なのですが・・・。泰澄大師や浄蔵法師らの超人的な霊験譚も、二十一世紀のコロナの禍中には空しく響くばかり。おとぎ話でなく、二十一世紀の様々な困難にも光をもたらしてくれるような力のある実話は、白山信仰の歴史の中に残っていないのでしょうか・・・あります!私はその文章を読むたびに、九百年前に白山で修行されていたある僧の大願に心を洗われるのです。その僧の名は、西因(さいいん)。式部大輔・藤原敦光は彼のことを白山上人と尊称しています。当代一流の文人であった敦光朝臣が漢文で記した「白山上人縁記」を読みながら、九百年前のリアルな白山を巡礼してみましょう。

 「白山上人縁記     敦光朝臣」

藤原敦光は康平6年(1063)に生まれ、天養元年(1144)に亡くなりました。崇徳天皇に進上した「勘申」は名文といわれています。亡くなる半年前に出家し、日夜に懺悔・念仏して見事な往生を遂げています(「本朝新修往生伝」)。白山上人こと西因上人の生没年は不明ですが、敦光朝臣とほぼ同時代の方のようです。

 「白山は山嶽の神秀なる者也。美濃・飛騨・越前・越中・加賀五箇国の境に介在(はさま)る。其の高さ幾千仞なるを知らず、其の周遙かに数百里に亘る。天地陰を積み、冬夏雪有り。譬うるに䓗嶺(そうれい)の如し。故に白山と曰う。夏季秋初、気暄(あたた)かに雪消え、四節の花、一時に争い開く。」

冬になると、真っ白に輝く白山は五ヶ国にまたがる山並を摂(おさ)め取って、両翼をいっぱいに広げます。
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(滝波山より望む白山、2015年3月)
千蛇ヶ池の雪は、真夏でも消えることはありません。
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(2020年7月17日登拝時)
䓗嶺とは、中国の西の果て、標高五千~七千メートルの峰々が連なるパミールの山並です。七月、白山の残雪が融けると、色とりどりの花たちが一斉に咲き誇ります。
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(2020年7月17日登拝時)
十月後半~十一月には、白山は再び白く衣替えするのです。
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(2020年10月26日登拝時)

 「側(ほのか)に聞く、養老年中、一聖僧有り。泰澄大師是れ也。初めて霊崛を占め、権現を崇め奉りしより以降(このかた)、効験遐迩(かじ)を被い、利益幽顕に及ぶ。其の場に参詣の者、百日葷腥(くんせい)を断ち、其の砌(みぎり)に来至の者、二里涕唾を禁ず。信心の清浄なるに依って、感応の掲(しるし)有り。」

泰澄大師が初めて白山に三所権現を崇め奉ったのは、「泰澄和尚伝記」や「白山大鏡」によれば奈良時代の養老元年(717)、「白山之記」によれば養老3年(719)。泰澄和尚に大師号が贈られたのは史実ではない、とこだわられる方もおられますが、文章博士・大学頭・式部大輔を勤めた敦光朝臣が「泰澄大師」と記しているのですから、平安時代にはすでに「泰澄大師」と呼びならわされていたはずです。「霊崛を占め」とは、「白山大鏡」にある三十七所の秘所神仙洞のことでしょうか。
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(2020年10月26日登拝時)
「遐迩」とは遠近のこと、「幽顕」とは見えない世界と見える世界、彼岸と此岸、あの世とこの世のこと。白山三所権現の本地垂迹は、御前峰の白山妙理大権現が十一面観音菩薩・伊弉冊尊(イザナミノミコト)、伊弉諾尊(イザナギノミコト)。別山大行事権現が聖観音菩薩・天忍穂耳尊(アメノオシホミミノミコト)。大汝峰の越南知権現が阿弥陀如来・大己貴命(オホナムチノミコト)。天忍穂耳尊は息子の邇邇芸命(ニニギノミコト)をこの顕世(うつしよ)に「天孫降臨」させた神、大己貴命(大国主神)は天孫に国を譲って幽世(かくりよ)の神となられたお方。阿弥陀さまは、念仏すればどんな者でも極楽浄土に往生させてくださるお方。観音さまは過去には正法明如来(「千手眼大悲心呪行法」)、現在は菩薩として様々な姿で普門示現され(「法華経」)、阿弥陀仏の滅度の後に仏となられるお方(「大阿弥陀経」)。遐迩・幽顕に及ぶ効験利益を求めて、九百年以上前の白山登拝者たちは百日なまぐさを断ち、神聖な場の辺り一帯では涙も唾も忍んで巡礼していたのでした。
(続く)

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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝