FC2ブログ

記事一覧

マダニフィストの再来~無為・自然2

2020053116174478f.jpg
 俺の名はマダニフィスト、あるハゲちょびんのぬかミソに寄生している魔ダニだ。
 前回ほざいておいたように、老子爺さんの道徳経五千言には「無為自然」なんて語はないし、「荘子」にもありゃしねぇ。前漢の司馬遷の「史記」(紀元前90年頃完成)にも晋の陳寿(233~297)の「三国志」にも葛洪(283~343)の「神仙伝」にも「無為自然」の語はないし、葛洪の「抱朴子」にも後漢の魏伯陽の「周易参同契」にも梁の陶弘景(456~536)の「真誥」にも、古い道家や道教の書には「無為自然」なんて語は見当たらねぇ。間違いなく言えることは、道家でも道教でもない仏教のお経に、この語が使われてるってことだ。
 「浄土三部経」の一つ「無量寿経」は、魏の康僧鎧が嘉平4年(252)に訳したお経だ。当時の皇帝は曹芳。曹操の孫・曹叡の養子だ。康僧鎧は西域の出身。「無量寿経」には「自然音楽空中讃言」「無量宝蔵自然発応」「百味飲食自然盈満」「皆受自然虚無之身」「自然化生」「自然供養」「念道之自然」「善悪自然」「天道自然」「福徳自然」等々、「自然」の語がたくさん使われ、「道徳」や「道教」という語で仏さんの教えを中国語に訳している。「無為自然」の語は二回使われてるが、どちらも無量寿仏(阿弥陀仏)の安養国(極楽浄土)のあり様を表す語として使われてるぜ。

「一世、勤苦すと雖も、須臾の間に、後、無量寿仏の国に生まれて、快楽極まり無く、長く道徳を合明し、永く生死の根本を抜き、復(ま)た貪・恚・愚痴の苦悩の患い無からん。寿の一劫・万劫・千万億劫ならんと欲せば、自在随意に皆之を得べし。無為自然にして泥洹(涅槃)の道に次(ちか)し。」

「汝ら是(ここ)に、広く徳本を植え、恩を布き恵みを施し、道禁を犯すなかれ。忍辱・精進・一心・智慧、転(うた)た相教化し、徳を為し善を立てよ。心を正し意を正し、斎戒清浄なること一日一夜すれば、無量寿国に在りて善を為すこと百歳するに勝れり。所以はいかに。彼の仏国土は無為自然にして、皆衆善を積み、毛髪の悪も無ければなり。」

極楽浄土では「無為」に自(おの)ずからになれるから、誰もが善いことをして、毛スジほどの悪も存在しないのサ。だからこの苦しみ尽きせぬ娑婆世界で善いことを一日一夜するのは、極楽浄土で善いことを百年するのにも勝るのだ、とお釈迦さんはおっしゃる。この場合の「無為」は、老子爺さんや荘子オジさんのような「ことさらなことをしでかさない」という意味だけぢゃない。「無為涅槃」、すべての苦しみの原因が吹き消された境地だぜ。「無為自然」なんて、俺らだって極楽行かなきゃなれっこねぇ。あの世ぢゃアンタらの血なんかいただかなくっても、自然にたっぷり呑み喰いできるのだろうナァ。
 康僧鎧より前にこのお経を訳した僧俗も、同様に「無為自然」の語を使ってる。呉の孫権に仕えた支謙が訳した「大阿弥陀経」。さらに昔、二世紀後半に後漢の支婁迦讖(しるかせん)が訳した「無量清浄平等覚経」。皆、西域の出身だ。彼らはこのお経を中国語に訳すのに、「無為」や「自然」、「道徳」「道教」といった道家や道教の語を多く使った。それは、十六世紀に日本にキリスト教を伝えた宣教師たちが、当初は神(天主)のことを仏教の語を借りて「大日」と訳していたのと似たようなもんだろう。宣教師たちはその後、「デウス」という訳語に改めたもんだ。だが、無量寿経等の「無為自然」の語は、「老子」にも「荘子」にも初期道教の書にも見当たらない言葉だ。「無為自然」は、老子爺さんらの「無為」と「自然」を借りて支婁迦讖らが造った、新語だったんぢゃねぇのかい?今ぢゃ老荘=無為自然のレッテルが貼られちまってるけど、「無為自然」は霊鷲山(耆闍崛山)でお釈迦さんが極楽浄土のあり様を表した言葉の、訳語なのサ。
20201005212834d08.jpg
 隋の天台智者大師(智顗、538~597)も、わが国の道元禅師(1200~1253)も、荘子オジさんの説く処を「自然」と決めつけ、因縁果報をないがしろにする外道の見解として批判している。が、「自然」の語を多用して訳された「無量寿経」を信奉する僧たちは、「自然」の中に因縁果報を見ているようだ。唐の道綽禅師(どうしゃく、562~645)の「安楽集」に、

「たとひ一形悪を造れども、ただよく意を繋(か)けて、専精に常によく念仏せば、一切の諸障、自然に消除して、定んで往生することを得。」

善導和尚(617~681)の「観念法門」に、

「また弥陀経に説くが如き、もし男子女人あつて、七日七夜および一生を尽して、一心に専ら阿弥陀仏を念じて、往生を願ずれば、この人は常に六方恒河沙等の仏、共に来たつて護念したまふことを得。(中略)また横病横死、横に厄難あることなく、一切の災障、自然に消散しぬ。」

これらは法然上人(1133~1212)の「選択本願念仏集」に引用されてるんだが、法然上人自身もこう説いてるぜ。

「正助二行を修する者は、たとひ別に廻向を用いざれども、自然に往生の業となる。」(「選択本願念仏集」)

正助二行ってぇのは、一心に専ら阿弥陀仏の名号を念じることと、阿弥陀仏を礼拝したりお経を読んだりすることサ。親鸞聖人(1173~1262)の語録「歎異抄」には、

「わろからんにつけても、いよいよ願力をあをぎまいらせば、自然のことわりにて、柔和忍辱のこころもいでくべし。すべてよろづのことについて、往生には、かしこきおもひを具せずして、ただほれぼれと弥陀の御恩の深重なること、つねにおもひいだしまいらすべし。しかれば念仏もまうされさふらふ。これ自然なり。わがはからはざるを、自然とまうすなり。これすなわち他力にてまします。」

とある。「わがはからはず」、ことさらでない、それこそ老子爺さんや荘子オジさんの「自然」、自(おの)ずからにそうであるあり方と通じてるぜ。
 「無量寿経」に、

「天道、自然にして、蹉跌を得ず(しくじることがない)。故に自然の三塗(地獄・餓鬼・畜生)の無量の苦悩有り。其の中に展転して、世世劫を累(かさ)ね、出ずる期有ることなく、解脱を得ること難し。」

ってある。老子爺さんはこう述べた。

「天の道というものは、争わずに勝ち言わずに応(こた)え、
招かれずとも自(おの)ずからに来、
寛大でしかもよく謀る。
天のネットは広大無辺、網目粗いが誰も逃さぬ(天網恢恢、疏而不失)。」(第七十三章、パンデミック訳)

自然の道理ってヤツからは、どうやっても逃げられっこねぇ。葛洪の「抱朴子」には

「天道は無為、物を自然に任せ、親無く疎無く、彼無く此無き也。」(内篇・塞難巻七)

老子爺さんはこう述べた。

「天の道は公平だ(天道無親)、いつも素朴な善人に手を差し伸べている。」(第七十九章、パンデミック訳)

天はエコひいき無くすべてのモノを覆い、地はエコひいき無くすべてのモノを載せる。ことさらなことはせず、すべてのモノを自然なあり方に任せているのサ。荘子オジさんはこう書いてるぜ。

「もし、ことさらに心を苦しめずに高潔で、ことさらに仁義を吹聴せずに身を修め、ことさらに功名立てずに世を治め、ことさらに江海に世を避けずに心閑(しず)かに、ことさらに呼吸法などやらずに長生きであれば、何もかも忘れ去って、何もかも有るのだ。心は淡然として無限、多くの好いものがより集まってくる。これぞ天地の道、聖人の徳というものだ。」(外篇・刻意篇)

荘子オジさんに言わせりゃあ、ことさらに念仏唱えるのも、ことさらに坐禅するのも、ことさらに苦行するのも、天地の道にかなっちゃいねぇのさ。江戸時代前期に、住持していた禅寺を突然出奔し、社会の底辺で苦しむ人たちと同じ生活をしながら彼らに手を差し伸べ続けた桃水和尚は、一日に幾万遍も念仏を唱えるという商人に「その上の御示しを」と請われ、こう書いた。

念仏ヲ強(しい)テ唱(もうす)モイラヌモノ
若(もし)極楽ヲ通リ過(すぎ)テハ

ことさらでない、自分のはからいのない、打算のない念仏や礼拝こそ、「無為自然」の極楽浄土に近いのだろうナァ。

「すぐれた徳は何もしでかさず、打算もない。」(「老子」第三十八章、パンデミック訳)

 「天の道というものは、
利益を与えて害さない。
聖人の道というものは、
何をやっても争わない(為而不争)。」
(「老子」第八十一章、パンデミック訳)

老子爺さんが書き残した「道徳経」五千言には、「無為自然」なんて言葉はない。最初の言葉は「道」、途中の言葉は「徳」、最後の言葉は「不争」。「不争」の語は、「無為」に劣らず「自然」より多く、八十一章中七つの章で使われてるぜ。「無為自然」というレッテルは、おそらく老子爺さんや荘子オジさんの教えを他から分別するために、学者先生らがことさらにデッチあげたのだろうな。
 寒山の詩に、こうある。

水清く澄澄として瑩(あき)らかに
底に徹(とお)りて自然に見ゆ
心中無一事
万境も転ずる能わず

気づかずに執着していたレッテルを捨ててこそ、本当の姿が自然に見えてくるだろう。本当の俺らの姿もナ。

「本当の俺が見えるかい、説教師さん?」

blog_import_5c7823e026ee8.jpeg

関連記事

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

白山順禮写真館

Haxanjunrei

松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝