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白山加賀禅定道登拝~衆華争開・中

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(承前)
 四塚山への登りの途中で一休みすると、叢からヒョコヒョコと可愛らしい生きものが出てきて、二本足で立ったまま私を見つめました。オコジョです。一旦、叢に逃げたものの、再び私の前に現われました。ケータイカメラを構えると走って逃げてゆきました。
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長坂を登ってゆき、歩いてきた尾根の彼方に中宮の集落、そして加賀平野を一望。
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7時半すぎ、四塚山より七倉山、大汝峰、その肩越しに御前峰を遥拝。
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別山と三ノ峰も見え、白山三所権現に掌を合わせました。
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 七倉の辻から、月の輪のわたりを行道。シナノキンバイ。
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ハクサンフウロ。
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加賀室跡と御手水鉢、そして大汝峰。
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御手水鉢にて手と口を清め、大汝峰へと登ってゆきました。
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クロユリ。
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ハイマツのほのかな香り。
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8時半すぎ、大汝峰登頂。
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飛騨側は雲に覆われているものの、山頂部はくっきりとお姿を現わしていました。白山最大の火口・翠ヶ池、白山の溶岩ドーム・剣ヶ峰、山頂・御前峰。
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大汝社(本地・阿弥陀如来、垂迹・大己貴命(オホナムチノミコト))にて西因上人の願文と念仏をお唱えし、二年前に亡くなった妻に手向けました。

「・・・弥陀ノ白毫一タビ照ラサバ、煩悩ノ黒業悉ク除カレン。然レバ則チ誰カ観音ノ金台ニ登ラザランヤ。詎(なん)ゾ安養 ノ宝池ニ詣デザランヤ。・・・」(藤原敦光「白山上人縁記」、西因上人願文。原漢文)

 大汝峰から千蛇ヶ池を経て、六道地蔵跡へ。
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かつて祀られていたお地蔵さまは、明治の神仏分離で下山させられましたが、昔も今も変わることなく咲くクロユリ。
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御前峰へと登り、剣ヶ峰の麓に見下ろした紺屋ヶ池。
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白山は万治2年(1659)の紺屋ヶ池火口の噴火以来、約三百六十年間沈黙を保っています。次に噴火するのはどの火口でしょうか?
 9時半に御前峰登頂。
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室堂側からはけっこう人が登っていました。大御前社に参拝して室堂へ。COVID-19感染防止のため、白山でもすれ違い時の挨拶を控えることが勧められており、私も挨拶は小声にし、おじぎを深くしました。ふと、禅寺では修行者同士がすれ違う際、無言で叉手しておじぎするのを思い出しました。禅寺では食事中も無言ですし、食器は各自で持っています。禅僧のような生活こそ、古くて新しい生活様式なのかもしれません。
 高天原にて、天照大御神に参拝。南の別山は雲の中。
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藤原敦光の「白山上人縁記」に、

「養老年中、一聖僧有り。泰澄大師是也。初めて霊崛を占め、権現を崇め奉って以降、効験遐迩(かじ、遠近)を被(おお)い、利益幽顕に及ぶ。」(原漢文)

とあります。幽顕とは、幽世(かくりよ)と顕世(うつしよ)、あの世とこの世です。別山の祭神は、天照大御神の御子・天忍穂耳尊(アメノオシホミミノミコト)。大汝峰の祭神は、須佐之男命の子孫であり婿であり、天照大御神とその子孫に国譲りをして幽世の神となった、大己貴命(大国主神)。別山の本地仏は現世を救う聖観音菩薩、大汝峰の本地仏は来世を救う阿弥陀如来。そして御前峰の祭神は、天照大御神と須佐之男命の父母である、伊弉諾尊(イザナギノミコト)と伊弉冊尊(イザナミノミコト)、本地仏は十一面観音菩薩。約千三百年前に泰澄大師が開かれた白山三所権現とは、幽と顕のバランス、無意識と意識のバランス、自然と人間の活動のバランスの象徴ともいえましょう。
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(続く)
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝