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中居神社~白山美濃禅定道登拝・下

(承前)
 翌6月9日朝4時半、白山大汝峰より翠ヶ池、剣ヶ峰、御前峰、別山を遥拝。
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やがて立山の南から昇った朝日。
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西には十七夜のお月さま。
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白山越南知権現(大己貴(おほなむち)権現)の本地も立山和光大権現の本地も、阿弥陀さま。十一世紀、藤原能信作と伝わる「白山大鏡」によれば、三十七所の神仙洞の一つ「最勝神宮洞」は「越南智仙洞」であり、「元真伯陽之仙居」。伯陽とは、老子の字(あざな)です。

「鋭さを弱め、もつれを解き、光を和らげ、塵に同じる。」(「老子」、拙訳)

和光同塵とは、すべてのものの根源である大自然の道のあり方であり(「老子」第四章)、大自然の道にかなった生活を実践する者の「幽玄なる同化」です(「老子」第五十六章)。阿弥陀さまや観音さまが「和光同塵」できるのも、仏・菩薩が大自然の道にかなっていればこそ。

「大宮妙理権現ノ本迹ヲ讃ルハ、夫レ本地ハ則チ十一面観自在尊也。内證空晴レテ、出障円明ノ月高ク照ラシ、外用風扇ヒデ、和光同塵ノ花鎮(とこし)ヘニ薫ズ。」(大原・勝林院に伝わる、平泉寺の「白山権現講式」、享禄3年(1530)書写、原漢文)

太陽と月、山と谷を拝みつつ、大自然の道・大自然の妙理の和光同塵のはたらきに感謝しました。
 大汝峰から、白山最大の火口・翠ヶ池へと降下。
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氷から一部現われた水面に映る、大汝峰。
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池畔に坐し、観音経を読誦して白山妙理大権現を供養。翠ヶ池から御前峰へと向かうと、油ヶ池は水面が現われていました。
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千蛇ヶ池の分厚い雪の壁の周りにできたクレバス。
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六道地蔵より望む、越前禅定道の峰々。
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御前峰より振り返った大汝峰。
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6時に御前峰に戻り、白山妙理大権現の垂迹神である伊弉冊尊(イザナミノミコト)に参拝。伊弉冊尊は日本の国土と神々の母、妙理とは天地万物の母たる大自然の道です。南にこれから歩いてゆく美濃禅定道の峰々と、長瀧寺の古の山伏の行場であった鳩居峯の峰々を拝みました。
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 室堂平から一旦、東へ歩を進め、残雪をうまく辿って南竜ヶ馬場へとサクサク降下。
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これから下ってゆく赤谷と、登ってゆく油坂。
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朝から強い日射しです。7時半すぎに赤谷に下り、油坂を一心に登ってゆきました。
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8時半に油坂ノ頭着、下ってきた御前峰に掌を合わせました。
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御舎利山・別山目指して縦走、雪上に拝んだオオツノカメムシ。
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10時、御舎利山にて歩いてきた道を望みつつ、舎利礼文を読誦。
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別山社に戻り、御前峰と大汝峰を遥拝。
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別山平より拝んだ白山三所権現。
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前日より暑く感じます。11時半、三ノ峰より白山三所権現を拝み、ここまで無事に戻れたことを感謝しました。
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 三ノ峰より、彼方に石徹白の集落望みつつ降下。美濃禅定道から南に見える石徹白の集落は、加賀禅定道から北に見える中宮の集落とよく似ています。どちらも集落の背後にスキー場跡があるからでしょうか。
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カンカン照りの中をアップダウンしつつ縦走、13時半、ようやく銚子ヶ峰へ。
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ももすり岩は、まるでミニチュアの御前峰のよう。石徹白に伝わる「白山名所案内」(安永6年(1777))には、銚子ヶ峰(桃子之岑)を「陽の峯」といい、御前峰(大御前)を「陰の峯」というとあります。「陽の峯」の岩上より、別山を遥拝しました。
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 母御石より、丸山(かめがたけ)~芦倉山~大日ヶ岳と続く鳩居峯の尾根を一望。
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神鳩まで下ると、ようやく林の中。日差しが避けられます。ウグイス、ホトトギス、ヒグラシの声。15時半、大杉着。
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熊清水で汗を流し喉を潤し、樹齢千八百年の大杉に白山妙理大権現を拝みました。千八百年前といえば日本はまだ弥生時代、中国では曹操・劉備・孫権らが覇権を争っていた頃。泰澄大師が白山を神仏習合の山として開かれたのは約千三百年前。泰澄大師以前から、白山には神仙が去来し、無数の命が生き死にしてきたことでしょう。

「上古に大椿なる者あり、八千歳を以て春と為し、八千歳を秋と為す。」(「荘子」逍遙遊)

 大杉から谷を降下。谷に咲く花。
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馬蹄形の大崩壊地から藪を下り、倉谷へ。
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暑さと疲れもあり、復路は鍋倉平に登らず、石徹白川沿いの林道を行道。カメバヒキオコシの葉。
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17時前に初河谷を渡り、八丁坂を登ってゆきました。
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谷をいくつも渡りつつ、三十分ほどで犬石へ。昨年(2019)までは石徹白川沿いから尾根伝いに犬石まで登り、下から見上げるこの石はウツボのようにしか見えなかったのですが、山腹の八丁坂から犬石の下に出てみると、まさしくこの石は狛犬です!
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泰澄大師の母御さまが母御石まで登った際、伴ってきた女性が此処で石になったと伝えられていますが、彼女は美女下社を守る狛犬となったのでしょう。
 17時半に美女下社跡に参拝。
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なだらかな尾根を南下してゆくと、カモシカが一頭、二頭、そして三頭、道を横切って駈けてゆきました。藪からもカモシカの声がし、四、五頭はいたよう。カモシカは私と同様、独りで山を歩いていることが多く、カモシカの群れに出会ったのは初めてでした。足元にギンリョウソウを拝みつつ行道。
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高く聳える四本の浄安杉に掌を合わせ、中居神社へと降下。
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18時15分、無事に中居神社に戻り、大宮殿にて白山妙理大権現王子眷属、および山で出会った兄弟姉妹なるカナヘビ、カメノコテントウ、トホシカメムシ、オオツノカメムシ、カモシカたちに感謝しました。
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 帰宅後、洗濯した服を干す際に床に落ちた白山土産。
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シュルツェマダニです。残念ながら野人の血にありつけなかった、マダニ。君の魂が無事に白山に戻れるよう、祈ろう。私もいつかくたばる時が来る。そしたら、私の魂は白山を去来しつつ見守る、白山有縁の生きとし生けるものたちを。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝