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長良川・各務用水放浪1

 8月4日早朝、私のねぐらの前の長良川畔へ。一ヶ月前(2018年7月初旬)の豪雨による増水で洗掘された河川敷の小道は、修復されていました。


氾濫した津保川から流れてきたと思しきビニール等が、木々に絡みついています。


豪雨の後、体温をはるかに上回る日照りがもう一ヶ月近く続いています。今年(2018年)の長良川中~上流域は、2月に上流で豪雪、春は晴天続きで雪は一気に融け、7月初旬に豪雨、その後は熱波・・・。気候の温暖化と極端化を肌で感じているのは、私だけではないでしょう。
 アフガニスタンで2003年から農業用水と取水堰の建設を続けておられる中村哲医師は、現地からの報告で、政情不安や戦争の根底には、地球温暖化によって山川の貯水力・保水力が低下し、安定した灌漑ができなくなっている事実があることを、訴え続けてきました。混迷する政情の中、また、50℃近くにもなる気候の中、十五年間で約一万七千ヘクタールの農地を回復している中村医師の「緑の大地計画」は、アフガニスタンのみならず、地球温暖化に直面している全人類にとって、民族も宗教も超えた一つの模範といえます。
 私のねぐらの近くにも、明治時代に造られた、全長二十キロにわたる農業用水路が流れています。朝6時半、「各務用水碑」に参拝。


岐阜県各務郡の芥見村など九ヶ村、厚美郡の水海道村、武儀郡の上白金村・下白金村の計十二村の農地を潤す各務用水は、小瀬で長良川から取水した水を農地に送っています。


碑文によれば、明治13年(1883)に村民たちが願い出、同16年(1883)に山県郡の岡田只治氏が諸村民と相はかって十二村一団となり、明治21年(1888)4月起工、同23年(1890)9月に竣功していますが、翌24年(1891)の濃尾地震で水路が尽く壊れ、再興して明治34年(1901)5月に完成したのでした。尚、明治16年(1883)は大旱魃となり、6月上旬から9月中旬まで降雨なく、川の水を昼夜分かたず肥桶で汲み入れ、神仏に雨乞い祈願する中で、過労で病となり死亡する人もあったそうです(「各務用水土地改良区沿革史」)。
 「各務用水碑」の前を、津保川をくぐってきた各務用水が轟々と流れています。


「津保川サイホン」です。今日は、此処から各務用水を上流へ、取入水門まで歩くことにしました。津保川の対岸に、下白金側のサイホンが見えます。


橋を渡り対岸のサイホンへ。


各務用水は此処で津保川をくぐり、芥見側へと流れてゆきます。水路に沿って北へ。周囲には、各務用水に潤されている水田。


南側を振り返ります。


7時前に東漸寺参拝。


上白金に入り、さらに北上。


やがて、上白金の白山神社に着きました。


社伝によれば、養老元年(717)に泰澄大師が那智山から熊野、伊勢、朝熊岳を経て白山へと向かう途中、此処に錫を留めていたところ、大雨で長良川が大洪水となり、泰澄大師が当地の安寧のために白山妙理大権現を勧請し、右座に伊勢大神宮、左座に朝熊岳の虚空蔵菩薩を祀ったとのこと。後に衰退したものの、元禄7年(1694)に天台宗の阿闍梨法印堯海大和尚が「金龍山白山寺常行院」として再興されたそうです。白山権現の御前で般若心経と白山権現ご真言・ご宝号、泰澄大師ご宝号をお唱えしました。
 7時半に白山神社を発ち、さらに上流へ歩を進めると、水路が堤防をくぐっていました。


三番樋門です。


水路沿いに北上。


やがて、白金用水路との分水工着。


そのまま各務用水左岸の小道へ歩を進めると、やがて藪が繁くなってきました。橋の下まで藪を進み、振り返ったところ。


此処から先は、水路沿いは歩けません。


平行する舗装道を歩き長良川沿いの車道を渡ると、8時に二番樋門に出ました。


此処から上の各務用水は、長良川沿いの山の下のトンネルをくぐっています。


河岸は藪でとても歩けず、一旦、山を迂回する他ありません。普段、車ではよく通る車道を星ヶ丘方面へと歩き、国道に出ると、山に鉄塔巡視路がありました。鉄塔は、方角的に各務用水がくぐっている山の方へと続いています。クモの巣だらけの巡視路を登ってゆき、山上の一つめの鉄塔へ。南西に長良川や歩いてきた各務用水が見渡せ、彼方には百々ヶ峰。


南側は関のベイシアやカインズホームの背後に、泰澄大師が蔵王権現を祀ったと伝わる芥見の権現山。


そして北側には、次の鉄塔と清流長良川の彼方に高賀の山並。


各務用水がくぐっている山は、次の鉄塔の辺りのはず。高賀山権現本地・虚空蔵菩薩を拝み、鉄塔巡視路を進んでゆきました。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝