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パンデミック訳「老子」21 和光同塵

 老子爺さんこう述べた。

「知る者は言わず、言う者は知らない。
五感の穴を塞ぎ、欲心の門を閉ざし、
鋭さを弱め、もつれを解き、
光を和らげ、塵に同じる、
これを幽玄なる同化という。
そのようであるなら、親しまれもせず煙たがられもせず、
利用されもせず害されもせず、
貴(とうと)ばれもせず見下されもしない。
だから天下にかけがえのない存在となる。」
(「老子」第五十六章)

「和光同塵」という言葉は、インドから中国に仏教が伝わると仏教徒も好んで使うようになった。「和光同塵は結縁の始め、八相成道はもってその終わりを論ず。」(天台智者大師「摩訶止観」)とあるように、中国の僧たちはこの言葉を、仏菩薩が方便によって人々を救う姿に当てはめた。だが、「和光同塵」という言葉は本来、お釈迦さまではなく老子爺さんの言葉。その意味するところは天地自然の道にかなった生き方なのであって、何かのためにことさらにするような打算的行為ではない。「鋭さを弱め、もつれを解き、光を和らげ、塵に同じる」。老子爺さんは第四章では、同じ言葉を天地自然の道そのもののはたらきとして述べている。ことさらな言動をやめて素朴に復(かえ)る、それが老子爺さんの「和光同塵」であり、天地自然の道との「玄同」であろう。

「私の言葉はとても分かりやすく、とても行いやすい。
しかし、誰にもよく分からず、よく行えない。
私の言葉には本源があり、述べる事には根拠がある。
それが分からない限り、私のことは分からない。
私のことが分かる者は稀だ、故に私はかけがえがない。
だから聖人は粗末な麻衣(あさごろも)を着ていても、胸には宝玉を忍ばせているのだ。」
(「老子」第七十章)

老子爺さんもお釈迦さまも、質素な身なりをしていたはず。だが、お釈迦さまが後に神格化されると、金ピカの仏像が造られるようになった。中国に仏教が伝わると、その影響で老子爺さんも神格化され、道教では太上老君の像が祀られるようになった。老子爺さんは「神は道と一つであればこそ霊験あり、」「神さまがいつもピカピカしていたら、当たり前になって霊験も感じられなくなるだろう。」と述べた(第三十九章)。天地自然の道にかなっていなければ、どんなにデカく立派な神仏の像であろうと、ただの偶像にすぎないだろう。
 四ヶ月前(2020年1月21日)、備中・井原で、平櫛田中さんの彫られた「老君」の木像を拝観した。そのお姿は小綺麗でも神仙風でもなく、天地自然の道と人間の営みを静かに見つめ続ける得道の老人、老子爺さんだった。その頃は武漢で新型コロナウイルスの感染が拡大しつつあり、1月23日に武漢は封鎖された。新型コロナウイルスは瞬く間に欧米に、そして世界中に広まり、パンデミックとなった・・・。自粛生活は私を山からも旅からも図書館からも遠ざけ、老子爺さんが書き残した「道徳経」五千言・八十一章と日々日々向きあうこととなった。老子爺さんの言葉は朴訥として、荘子おじさんほど取っつきやすくはない。だがそこに説かれていることは、困難に直面したすべての人にとっての、古くて新しい生き方なのだ。私も余計なお喋りはやめ、老子爺さんの言葉に学ぼう。

「曲がればその身を全(まっと)うでき、屈(かが)めばまっすぐ伸びられる。
凹(へこ)めば水は満ち、欠ければ月は満ち、少欲ならば得られ、多欲ならば戸惑う。
だから聖人は一なる道を保って、天下のお手本となる。
自ら正しいとしない、だから正しさが彰(あら)われる。
自ら示さない、だから物事が明らかになる。
自ら誇(ほこ)らない、だから功績がある。
自ら高ぶらない、だからとこしえだ。
争わないからこそ、誰も彼(彼女)と争うことができない。
昔からの「曲がれば全し」ということわざは、けっしてウソではない!
本当に身を全うして、天地自然の道に帰順できるのだ。」
(「老子」第二十二章)

「つま先で背伸びすれば立ち続けられない。
自ら正しいとすれば正しさは彰われない。
自ら示せば物事は明らかにならない。
自ら誇れば何の功績にもならない。
自ら高ぶれば長続きしない。
道にあっては、これらは残飯やたんこぶといえよう。
人はそれらを好まぬものだ、だから道を行じる者のやることではない。」
(「老子」第二十四章)

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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝