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パンデミック訳「老子」13 自然の恵み

 老子爺さんこう述べた。

「車輪の三十本のスポークが、車軸を通す中央の穴につながっている、
車軸と穴が密接していないからこそ、車は動く。
粘土を練って器を作る、
密集した団子状でなく凹みがあるから、器の用に立つ。
ドアや窓の開口部を穿って部屋を作る、
密閉していないからこそ、部屋として利用できる。
だから「有」が役に立つのは、「無」のはたらきによるのだ。」
(「老子」第十一章)

車軸の周りにわずかな余白があればこそ、車輪はスムーズに回る。器の中身が空白だからこそ、酒が注げご飯が盛れる。ドアや窓の内側が空洞だからこそ、そこに居住できる。人と人との距離に余裕をもち、風通しをよくしてこそ、新型コロナウイルスの飛沫感染を防げる。空気というのは何にも無いようだが、私たちはそれを呼吸しなければ生きてゆけない。それがなければ音も聞こえず会話もできない。新型コロナウイルスがやっかいなのは、感染者のせき・くしゃみ、会話、運動時の激しい呼吸などで口や鼻から出た飛沫(しぶき)に乗り、人から人へと移ってゆくからだ。だからといって志村けんの「ひとみばあさん」みたいに、苦しくなるまで息をとめてるワケにもゆくまい。今は密接・密集・密閉を避け、お互いの間の空気を清浄に保とう。

「大いなる円満は欠けているようで、
そのはたらきは衰えることがない。
大いなる充実は空っぽのようで、
そのはたらきは尽きることがない。
大いなる率直は曲がったよう、
大いなる技巧はへたくそのよう、
大いなる余裕は足りないよう、
大いなる弁舌は口が重いよう。
躁(さわ)がしくすれば寒さは吹きとび、
静かにしてれば熱さは凌(しの)げる、
清(す)んで静まれば、天下の手本となる。」
(「老子」第四十五章)

不要不急の外出を自粛することで、身体は今のところCOVID-19に感染していない。しかし、長引く下界での自粛生活に野人の心は混濁してきた。帰省や飲み会はオンラインでもガマンできよう。パチンコやキャバクラもオンラインでガマンすればいい。だが、山との、大自然との一対一の対話は、オンラインなぞでは不可能だ。私は、高山帯でしばしば這いずり回ることのある樹木の精油を取り寄せた。その天然のアロマを呼吸すると、心の混濁が清み静まってゆく。このような時期に軽々しく山に入って遭難でもし、社会にいらぬ迷惑かけるよりも、山の恵み・大自然の香気で心を静め身体を清めつつ、再び山に登るべき日に備えるほうがよい。

「谷の神は死ぬことがない、
これを幽玄なる母性という。
幽玄なる母性の門、
これを天地の根源という。
なんと連綿たることだろう!
ずっとあり続けながら、そのはたらきは尽きることがない。」
(「老子」第六章)

谷には水だけでなく、雪も土も石も樹も、時には人も落ち、流れ下ってゆく。谷は何者も拒まない。山で一番遅くまで雪が残るのは、山頂ではなく谷だ。「玄牝の門」とは、水源。無雪期にもけっして涸れない谷の源流がある。山に蓄えられた清水が絶えることなく滾々(こんこん)と湧き、山を下って大河に注ぎ、大地を潤し大海へと流れゆく。私はそのような山の奥の谷の奥、祠も偶像も祀られていない自然のままの源流に、谷神を拝む。下界で私たちが手洗い・うがいできるのも、水を呑み米を作り汚れた服を洗えるのも、谷神の不断のはたらきのおかげだ。谷神、それは、天地自然の道の別名だ。

「道は空っぽの器のようだが、
これを用いてもけっして満杯にならない。
底の見えない淵のよう!
まるですべてのものの根源だ。
鋭さを弱め、もつれを解き、
光を和らげ、塵に同じる。
湛(たた)えられた水のよう!
ずっとそこにあったかのようだ。
私はそれが誰の子なのか知らない、
天を統べる天帝よりも、もっと先に生まれたらしい。」
(「老子」第四章)

20190428214041d04.jpg(写真は昨年(2019)4月登拝時)
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝