FC2ブログ

記事一覧

パンデミック訳「老子」11 死を司る者

 老子爺さんこう述べた。

「道(い)い表された道は、普遍的な道ではない。
名づけられた名前は、普遍的な名前ではない。
名前のないのが、万物の始源。
名前があるのは、万物の存在の母体。
だから何も求めなければ、その奥深さが見え、
求め欲するならば、その輪郭が見える。
両者は同じ処から出て、名は違えども元は一つ。
幽玄にして幽玄なるかな、すべての妙(たえ)なるものが出てくる門は。」
(「老子」第一章)

新型コロナウイルス・COVID-19が、いつどこから出てきたのか、いまだによく分からない。昨年(2019)12月に中国・武漢で原因不明の肺炎が発生し始め、2020年1月7日にその病原は新型のコロナウイルスであると判明した。2月11日、WHO(世界保健機関)はこのウイルスをCOVID-19と名づけた。発生源はコウモリと考えられているようだ。SARSコロナウイルス、MERSコロナウイルス、マダニが媒介するSFTSウイルス等、今世紀になって新たな病原性ウイルスが続々と人類の前に現われている。自然界には、人類にその存在を知られていないものがまだたくさんあるようだ。COVID-19とは、化けものでも殺人鬼でもない、自然界の一ウイルス。私たち人類の高速かつ大量な移動がそれらを世界中に広めてしまったのなら、感染拡大を止めるには、ただ、人から人に移さないこと。天地自然の道はシンプルだが、実践するのは難しい。

「すぐれた人は、道を聞けば努めてそれを実行する。
凡庸な人は、道を聞けばほどほどに実行する。
下劣な人は、道を聞けば大笑いする。
下劣な人に笑われぬようでは、
それを道だとするに足りない。
だからこういう格言がある、
明らかな道は一見暗く、
進むべき道は一見遠のき、
平らかな道は一見デコボコ。
すぐれた徳は谷のよう、
この上なき白は汚れたよう、
広大な徳は足りぬよう、
建設的な徳は怠けたよう、
質朴なのは背(そむ)くかのよう。
大いなる四角には角がなく、
大いなる器は遅くでき上がり、
大いなる音は聞きとれず、
天の姿には形なく、
道は広くて名前もない。
ただ道だけが、よく始めそしてよく成し遂げる。」
(「老子」第四十章)

政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議は、「人との接触を8割減らす、10のポイント」を提示した。この提言は、正しい。正しいが、努めてそれを実行する人もいれば、ほどほどに実行する人も、笑って従わぬ人もいるだろう。私も百パーセントの実践はなかなか難しい。ただまっすぐに良心に訴えるだけでは、ピンからキリまでいる全国民の接触八割削減はハードルが高いだろう、それ相応の規制や支援や道すじが用意されなければ。人から人に移さないことが、どうしてこんなに難しいのだろう・・・。

「人が死を畏れないなら、
どうして死をもって彼らを脅せよう?
人々がいつも死を畏れるとして、
不正を行った者を私が処刑できるなら、
誰が敢えて不正を行うだろう?
人々がいつも必ず死を畏れるとすれば、
それはいつも死を司る者がいるからだ。
死を司る天地自然になり変わって殺すのは、
大工の師匠になり変わって木を切るようなもの。
大工の師匠になり変わって切れば、自分の手にケガするものだ。」
(「老子」第七十四章)

新型コロナウイルスを人から人に移さないようにするのは、死を畏れるからだ。老子爺さんにとって、死を司る者とは天地自然の道だ。日本の国土と神々の母であるイザナミノミコトも、一日に千人の命を奪う黄泉の大神でもあった。天地自然に命を奪われるとは、天寿を全うすることに他ならない。今、多くの人々が天寿を全うする前に亡くなっている。COVID-19によって世界ですでに約二十万人が亡くなり、わが国でも近々四百人を超えるだろう・・・。ウイルスに、死を司らせてはならない。一人でも多くの人が天寿を全うできるよう、あなたも私も気をつけねばならない。さもなくば、私たちは気づかずにこのウイルスに感染し、さらに広めてしまうだろう!
202002252145509f4.jpg

関連記事

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

白山順禮写真館

Haxanjunrei

松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝