FC2ブログ

記事一覧

パンデミック訳「老子」10 正しい畏れ

 老子爺さんこう述べた。

「天地は情け容赦ない、
すべてのものを、祭りが終われば捨てられる「わらの犬」のように扱う。
聖人は情け容赦ない、
すべての人を、祭りが終われば捨てられる「わらの犬」のように扱う。
天地の間は、まるで「ふいご」のようではないか?
空虚でありながら尽きることなく、
動けばますます風が出てくる。
多く聞くほど振り回される、
空虚な心を守るほうがよい。」
(「老子」第五章)

実際、私たちは「わらの犬」のようなものにすぎない。自分たちの活動によって目に見えぬ新型コロナウイルスを広めているにもかかわらず、動き回ることを止められないのだから・・・。大量の情報を知って利口ぶっているが、天地自然を正しく畏れないならば、疫病を疫病神のしわざとか、非業の死を遂げた人の祟りなどと信じていた昔の人たちよりも、利口などとはとても言えまい。

「言わずに教えるのが、大自然の道。
朝風はやがて吹きやみ、
豪雨も一日中は続かない。
風雨を起こす天地でさえ、
それをずっと続けることはできない、
まして人間の活動など、なおさらだ。
道に従う者は、道にかなう。
徳に従う者は、徳にかなう。
非道・不徳に従う者は、非道・不徳にかなう。
徳にかなった者は、道を得る。
非道・不徳にかなった者は、道を失う。」
(「老子」第二十三章)

COVID-19を広めているのは、疫病神でもなければ魔女でもない、特定の誰かでもない。私たち現代人の高速かつ大量な移動が、奴らをまたたく間に世界中に運んでしまったのだ。車の少なかった時代に比べれば、私たち現代人の移動範囲はおそろしく広い。地方自治体の長たちが今頃になって「県外から来ないで」と言い出したが、地方の人たちはすでに三週間前の花見シーズン中、普段は地元の人しか来ないような処に県外ナンバーの車がたくさん来るのに驚かされていた。今さら「都道府県外への移動は自粛してください」などと良心に訴えたところで、従わない者は従わないだろう、自分の目の前に疫病と死の恐怖が訪れるまでは。登山の自粛もようやく言われ出した。日頃、山や自然と真剣に対話している者ならば、遭難すれば大迷惑となるこんな時に軽々しく山に入ることなぞ、できないはずだ。

「政策が悶々として頼りないと、
民衆はかえって惇樸になる。
政策がテキパキしすぎると、
民衆はずる賢くなる。
災いには幸福が寄りかかり、
幸福には災いが隠れ潜む。
誰にその転移点が分かろうか?
「絶対に正しいこと」など、ないのだ。
正しいことも状況が変われば奇(あや)しくなり、
善いことも時と場所が変われば妖しくなる、
人が迷わされること、実に久しい。
だから聖人は、方正でありながら峻別せず、
鋭利でありながら突き立てず、
まっすぐでありながら強制せず、
光りながらも目をくらませない。」
(「老子」第五十八章)

政府が頼りなければ、新型コロナウイルス感染の恐怖に直面する市民や企業は、自発的に道にかなった対策をとろうとする。外出を自粛し、外出時は手作りの布マスクをつけ、店舗は感染防止シートを吊るす。だが、危機感の薄い人たちには外出がやめられない止まらない。事態の深刻化に政府が強い姿勢で臨めば、市民はそれ相応の見返りを求める。そんなことをしているうちにも感染者と死者は増えてゆくのだ。隣国の台湾は、十七年前のSARS流行時の経験に学び、迅速な対応で感染を抑えている。もう一つの隣国である韓国は、宗教団体のクラスター感染等で当初は感染者が急増したが、対岸のわが国がアベノマスクを開発しつつボーッと生きている間に、ドライブスルー式PCR検査や隔離施設整備等の施策を進め、感染拡大を抑えている。自国のメンツにこだわり、隣国の成功に謙虚に学ぼうとしないならば、「わらの犬」は犬死にを免れまい。「外出自粛要請」を千篇万篇唱えるよりも、警察の検問を増やすなど、やり様はいくらでもあるだろう、国家の「緊急事態」なのだから。
20200129235638203.jpg

関連記事

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

白山順禮写真館

Haxanjunrei

松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝