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パンデミック訳「老子」9 こまやかさ

 老子爺さんこう述べた。

「雄大さを知りつつも、こまやかさを忘れなければ
天下の渓となる。
天下の渓となれば、変わらぬ徳を失わない。
変わらぬ徳を失わなければ、嬰児(みどりご)の心に復帰する。
栄光を知りつつも、屈辱を忘れなければ、
天下の谷となる。
天下の谷となれば、変わらぬ徳が充満する。
変わらぬ徳が充満すれば、質朴な心に復帰する。
純白を知りつつも、暗闇を忘れなければ、
天下の手本となる。
天下の手本となれば、変わらぬ徳に差(たが)わない。
変わらぬ徳に差わなければ、無限の道に復帰する。
原木(げんぼく)を分散してゆくと器になり、
聖人はそれらを長官として用いる。
大いなる裁断は、分割などせずまるごと用いる。」
(「老子」第二十八章)

新型コロナウイルスの流行に、当初大言壮語していた大国のリーダーたちは、やがて苦境に立たされることとなった。早い段階からこまやかな対策をとっているリーダーたちは、感染拡大をなんとか抑えられている。わが国では、市民や地方自治体の切なる声に国がようやく重い腰を上げる、という状況が続いている。やっと全土に緊急事態宣言が発令されたが、このパンデミックの収束が国民自らの「外出自粛」のみで達成できるとは、世界の現状を見てもとても信じ難い。自分も他人も誰が感染者なのか分からぬ、この不安感。検査したくてもいまだに整わぬ検査体制。「大制は割(さ)かず」。国民の誰もが検査できる体制を、一日も早く整備してほしいものである、国民一人一人のために。

「私に少しでも知恵があるなら、
大きな道を歩み、ただ邪(よこしま)な道だけを恐れる。
大きな道はとても歩きやすいのに、
人々は横道を好むものだ。
朝廷はキレイピッカピカだが、
田は荒れ放題、倉は空っぽ。
華美な服を着、鋭い剣帯び、
厭きるほど飲み飽きるほど食べ、
お金も物も有り余るほど。
これを大ドロボーという、
なんと道にはずれたことか。」
(「老子」第五十三章)

まさか、政府がこんなことにはなりませんように・・・。

「大いなる道が廃れると、
仁政だとか正義がもてはやされる。
知恵がはたらくと、
大ウソがまかり通る。
親子兄弟夫婦がケンカ、
そこで孝や慈がもてはやされる。
国家が混乱すればこそ、
忠臣がもてはやされる。」
(「老子」第十八章)

ことさらなパフォーマンスは、かえって不信を招くだけ。肝心なことは何よりも、COVID-19の感染拡大を現実に抑えること。そのためのこまやかな配慮・施策をこそ、国民は望んでいる。国民に「欲しがりません勝つまでは」と外出を自粛させ営業を自粛させ、「神風」が吹いて疫病が退散されるのを待つ・・・そんなタワケたことがあるものか!横道にはずれてしまったことに気づかなければ、いつまでたっても大いなる道に復帰することなどできはしない。

「大河や海が百谷の王となれるのは、
よくへりくだるからだ、
だから百谷の王になれる。
聖人が人々を統べようとするときは、
必ず謙虚な言葉で話す。
人々を率いようとするときは、
必ず自分のことは後回しにする。
だから上にあっても人々は重たがらず、
前にあっても人々は妨害せず、
天下の人々は喜んで推戴して厭わない。
聖人は争わない、だから天下に彼(彼女)と争えるものはないのだ。」
(「老子」第六十六章)
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝