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パンデミック訳「老子」8 偉大なもの

 老子爺さんこう述べた。

「寵愛と侮辱に戦々兢々とし、
大病を重んじること、自分の身に強くこだわるかのよう。
寵愛と侮辱に戦々兢々とするとは、何のことか?
寵愛を受ければ高ぶり、侮辱されれば卑屈になる。
得ても失っても戦々兢々、これを「寵辱に驚くが如くす」という。
大病を重んじること、自分の身に強くこだわるかのよう、とは何か?
私が大病を恐れるのは、わが身に強くこだわるからだ。
わが身は差し置き人の身になれば、重い大病はどこにあろうか?
だから、身をもって天下に尽くすことを重んじるなら、
天下を委(まか)せることができる。
身をもって天下に尽くすことに熱心なら、
天下を任せることができる。」
(「老子」第十三章)

人類は昔から、疫病神(やくびょうがみ)に命乞いをしてきた。二十一世紀の今もそのような信仰は続いている。だが、「どうか私だけは助かりますように」などと戦々兢々と祈っても、そのような祈りは空しく、感染の拡大は止まらない。同じ苦難の中にある人々を慈しみ、己れを倹(つま)しく後回しにしてこそ、このパンデミックに勇気をもって対処できるだろう。想像を絶する困難のさ中には、普段は饒舌な神さんも仏さんもおとなしいものだ。頃合いを見計らって、彼らは巧みに喋り出す。

「人を知る者は智者であり、
自分を知る者は明哲だ。
人に勝つ者は力あり、
自分に勝つ者は強(つわ)ものだ。
足るを知る者は富者であり、
努力する者は志がある。
持ち場離れぬ者は久しく、
死んで忘れられぬ者こそ長寿だ。」
(「老子」第三十三章)

コロナウイルスのパンデミックは、自分を見つめ直す機会でもあり、自分自身との戦いでもある。この危機が過ぎ去れば、生き残った人々の多くは安心して元の生活に戻ることだろう。だが、今までの生活に「これでよかったのだろうか?」と疑問を感じた敏感な人たちは、新たな一歩を踏み出すだろう。「死んで忘れられぬ者こそ長寿だ」。亡くなった志村けんさんは、不安に揺れる私たちの心に、今もさわやかな笑いを届けてくれる・・・。

「学問をする者は日に日に知識も欲も増やし、
道を行じる者は日に日に知識も欲も減らす。
減らし減らして無為に至る、
何もしでかさずして、すべてやれているのだ。
天下を治めるには、いつも無事を心がける、
想定外の事態続けば、天下はうまく治められない。」
(「老子」第四十八章)

老子爺さんは、事態が大きくなる前に予め防ぎ、小さいうちに対処しなさい、とくり返し教えてくれる。

「道は広大、左にも右にもゆき渡る。
大きな功績残しても、自分の手がらにしたがらない。
すべてのものを養っても主とならず、
いつも欲がない、だから小と呼べる。
すべてのものが帰順しても主とならず、
だから大と呼べる。
聖人が偉大になり得るのは、
偉大であろうとしないからだ、
だから偉大なものになる。」
(「老子」第三十四章)

「バカ殿様」は、ビッグであろうとしなかった。だから偉大なのだ、これからもずっと。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝