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パンデミック訳「老子」6 柔軟さ

 老子爺さんこう述べた。

「よく行く者はタイヤの跡を残さない、
よく話す者は失言しない、
よく数える者は計算器など使わない、
よく閉める者は閂(かんぬき)なしでも開(ひら)かない、
よく結ぶ者は縄使わずともほどけない。
聖人はいつもよく人を助け、人でも物でも使い捨てない、
これを秘蔵の明智(めいち)という。
だから善い人は、手本たる師匠、
善からぬ人は、善くあるための資(たす)けになる。
師を尊ばず、資けになる人をいとおしまねば、
智者も大バカ者となろう、これを妙なる要(かなめ)という。」
(「老子」第二十七章)

新型コロナウイルスに感染した人は、けっして善からぬ人ではない。誰も好きこのんで感染したワケではないのだから。しかし、感染の危険がある中で、外出自粛の呼びかけに「自分くらいは大丈夫だろう」と敢えて出かけてしまい、後で感染に気づいたとしたら、けっして善いこととはいえまい。毎日毎日続く、新たな感染者の報道。中には「何やってんだよ!」と言いたくなるようなケースもある。自分たちはこうして楽しみを自粛してるというのに・・・。しかし落ちついて考えるなら、自分だって一歩間違えれば似たようなことをしでかしていたかもしれない。「何やってんだ!」と言いたくなる人も、一歩間違えれば自分もこうなる、と教えてくれているワケだ。なるべく外出をせず、感染しないにこしたことはない。が、感染した場合の覚悟も今のうちに必要だろう。身体の異常に気づいたら、ただちに家族や職場や保健所に連絡し、周りに感染を広げないこと。感染することは、けっして善からぬことではない。感染してシラバックレること、COVID-19を放っておくことこそ、善からぬことだ。

「人は生まれたときは柔(やわ)く弱く、
死ぬときは堅く強(こわ)ばる。
草木たちも生まれたときは柔く脆(もろ)く、
死ぬときは固く枯れしぼむ。
だから堅く強いものは死の仲間、
柔く弱いものは生の仲間。
強大な武力をたのめば勝てず、
頑強な樹はへし折られる。
だから強大なものは沈みこみ、
柔弱なものが昇るのだ。」
(「老子」第七十六章)

新型コロナウイルスをなめてかかって、「自分くらい大丈夫だろう」と安易に出かけて感染するのは善からぬことだが、外出を極力自粛し、買い物などにはマスクをつけて「自分は絶対かからない!」と強く身構えるのが最善なのでもない。万が一にも感染すれば、頭の中が真っ白になり、心に強いダメージを受けるはず。だから柔軟に、感染した場合の心の準備を前もってしておき、その上で感染防止に最善を尽くすなら、COVID-19に敗れることはないだろう、たとえ感染したとしても。

「聖人はいつも無心、万民の心を心とする。
善い者はこれを善いとし、
善からぬ者もこれを善いとする、
だから万民がみな善くなる。
誠実な者はこれを信じ、
不実な者もこれを信じる、
だから万民がみな誠実になる。
聖人の天下に処するや、ひっそりとして、
清も濁も併せ呑む。
万民はみな耳目をそば立て、
聖人はみなに思い出させる、
嬰児(みどりご)だった頃の心を。」
(「老子」第四十九章)

善からぬ人も善い人も、不実な人も誠実な人も、生まれたときはみんな柔和善順だったのだ。つらいとき、心と体が強(こわ)ばるときは、思い起こそう、あの頃の柔軟さを。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝