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パンデミック訳「老子」4 引きこもる

 老子爺さんこう述べた。

「これを縮めようとするならば、しばらく伸ばしてやるがよい。
これを弱めようとするならば、しばらく強がらせればよい。
これを除こうとするならば、しばらく挙げてやるがよい。
これを奪おうとするならば、しばらく与えてやるがよい。
これを秘かな明智(めいち)という、柔軟であれば強豪に勝つ。
魚は淵から出ないもの、伝家の宝刀たやすく示すな。」
(「老子」第三十六章)

毎日発表される新型コロナウイルスの感染者数は、実際の感染者数とはいえない。それはあくまで、新型コロナウイルスと判明し報告された感染者の数だ。人の移動を物理的に阻む門も壁も存在しない以上、感染者の確認されていない地域にも奴らはとっくに潜伏しているはず。感染者が確認されていない、それはCOVID-19が侵入していないのではなく、奴らの足取りがまだ掴めていないことなのだ。目に見えて感染が拡大している地域のみに「伝家の宝刀」を示しても、奴らはすでに抜け道を作っている。奴らが水面下で工作を進めている地域も含め、全土に「伝家の宝刀」たる緊急事態宣言を発令してこそ、宝刀も威力を発揮するのではないか。全国民が自分の生活圏内に留まり、奴らの策略に乗せられずに静観を続ける。そうすれば、盛んな奴らもいずれ必ず衰えるだろう。

「自分には知らないことがいろいろある、と知るならば、乗り越えられる。
知らないくせに知ったかぶりをするならば、病む。
聖人が病にならないのは、病を正しく病と看なすからだ、
だから病にならない。」
(「老子」第七十一章)

新型コロナウイルスの拡散を防ぐために外出を自粛していると、身は病まずとも心が病んでしまいそうになる。山好きは山に行けず、酒好きは飲みに行けず、女好きは遊びに行けず、本好きは図書館に行けず・・・。自分が普段依存していたことが遮られると、ストレスもたまりイライラもし、落ちこみもする。だが、自分が普段何に依存していたかを知る機会でもあり、代わりになる趣味、身近な自然、新たな生活スタイルなどを発見するチャンスともいえる。知らないことは、自分の周りにも内側にもいろいろとあるものだ!

「「はい。」と「はぁ?」にはどれほどの差があるだろう?
よいと悪いには、どれほどの差があるのか?
人が恐れていることは、恐れぬわけにはゆかない。
ああ、なんと果てしのない道なのだろう!
みんな、春の宴に舌つづみを打ち高殿に登るかのように、ウキウキとしている。
私はひっそりと静かだ、まだ笑わぬ赤子のように。
ヘトヘトだ、帰る所もないかのように。
みんなは生活に余裕がある、私は独り貧しく、
愚人たる私の心はみんなについてゆくことができない。
みんなはキラキラしているが、私は独り黄昏(たそが)れる。
みんなは何でもご明察、私は独り悶々とする。
茫漠とした大海原、飄然と去来する疾風。
みんなお役に立ってるが、私だけは役に立たない。
私独りはみんなと異なり、お仕えしたいと願うのだ、
万物を養っている、母なるものに。」
(「老子」第二十章)

老子爺さんは、孤独な人の、引きこもった人の、落ちこぼれた人の味方だ。つらいときは、老子爺さんを思い浮かべてみよう。彼は慈しみをもって、倹(つま)しく控えめに、朴訥と語ってくれるだろう。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝