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パンデミック訳「老子」3 三つの宝

 老子爺さんこう述べた。

「天下の人は皆言う、「アンタの言うことはデカいが、役に立たんな。」
目先の役に立たないからこそ、時と場所を超えて大きいのだ。
目先の役に立ったなら、とっくに涸渇していただろう。
私には三つの宝物があり、いつも大事に持っている。
一に慈しみ、二に倹(つま)しさ、三に敢えて先にやらない。
人々を慈しめばこそ、勇気をもって立ち向かえる。
倹しくあればこそ、物も心も広くゆき渡る。
自分のことは後回し、だから万物の長となる。
今、人々への慈しみを捨てて勇んで出かけたら、
倹しさ捨てて大盤振る舞いしたら、
延期せずに実行したら、
多くの人が死んでしまうだろう!
人々を慈しめばこそ、この戦いに勝ち、固く守れる。
天の助けというものは、慈しむ者をこそ守るのだ。」
(「老子」第六十七章)

人のいる所なら、全国どこで新型コロナウイルスに感染してもおかしくはない今、高齢者・持病のある人、家族・同僚、地域の人、そして自身の生命を慈しめばこそ、COVID-19の侵略に正しく立ち向かえるだろう。自粛・節制、少欲知足の生活にも堪えられるだろう。楽しみにしていたことも、後回しにできるだろう。慈しみ・倹しさ・後回し、これらは、COVID-19の侵略に対するレジスタンスなのだ。

「人を治め天に仕えるには、物惜しみにしくはない。
人も物も使い捨てにしない、だからすぐに従う。
すぐに従うのを、重ねて徳を積むという。
重ねて徳を積んでゆけば、勝てないものなどない。
勝てないものがなければ、極まることがない。
極まりなければ、国を保てる。
国の母なるものを保てば、国は長久だ。
これを、深く固く根を張るという、
永久(とわ)に長らえる道だ。」
(「老子」第五十九章)

新型コロナウイルスの感染拡大により、使い捨てマスクが店頭から消えて久しい。布製のマスクを作った人も少なくないだろう。洗ってくり返し使える布マスクを実際に使ってみると、どうして今までこれを使わなかったのだろう?と思わずにはいられない。おそらく、使い捨ての大量消費・大量生産のシステムに巻き込まれ、慣れっこになっていたのだろう。手作りの布マスクを大切に扱う、そのように人も物も大切に扱うならば、人類もたやすく滅びはしないだろう。

「天はとこしえに、地は悠久。
天地の存在が長く久しいのは、
自分の生のために何かしでかそうとはしないからだ、だから息が長い。
聖人は自身を後回しにして、かえって先になり、
自身を度外視して、かえって身を保つ。
自分のことばかり考えない、だから自己を実現できるのだ。」
(「老子」第七章)

新型コロナウイルスの長引く流行で、多くの人々が旅行を取りやめ、外出を自粛している。オリンピックは延期され、各地の祭りやイベントも中止、中止、また中止・・・。鬱々とした閉塞感。ちょっとくらい、自分くらい大丈夫だろう、と遠くに出かけたくなる気持ちも分かる。しかし、今はどこも感染拡大の危険のさ中にあり、知事が県民に不要不急の外出自粛を要請している県も少なくない。そのような状況も知らず、自分のちっぽけな苦しみ・楽しみのために圏外から来る人たちの、無神経さ。今は、このウイルスの侵略が収まるまで、すべての人の生命を慈しみ、自身を倹(つま)しく、楽しみは後に回し、各自の生活圏内に留まって侵略者COVID-19へのレジスタンスを継続する時だ。そうすることによってこそ、私たち人類は奴らの侵攻に屈することなく、やがては主導権を握り、この戦いに勝ち残るだろう。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝