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釈尊涅槃会・老君聖誕日

 2020年3月9日は、旧暦2月15日。お釈迦さまが涅槃に入られた日であると共に、あるお方の誕生日でもあります。室町時代(十五世紀)の詩僧・万里集九の「梅花無尽蔵」に

「化胡経に曰く、老聃(老子)、殷の第十八王・陽甲の時、玄妙玉女の口中に入る。八十一年して武丁(殷の第二十二代王)九年庚寅の歳、二月十五日に至りて、玉女、李の樹を攀(よ)じて之を誕む。即ち行くこと九歩、左手は天を指し右手は地を差して曰く、天上天下唯我尊。」(原漢文)

「化胡経」は、中国・晋の恵帝(司馬衷、在位290~307)の時の道士・王浮の作といわれています。老子がお釈迦さまの命日に生まれ、お釈迦さまと両手を逆にして天地を指し「天上天下、唯だ我のみ尊し」と言ったというのは、明らかにお釈迦さまを意識して作られた話でしょう。七歩ではなく九歩歩いたというのは、中国古代の帝王・禹に始まる「禹歩」の歩き方です。葛洪(283~343)の「神仙伝」にも

「或は云ふ、母、之を懐くこと七十二年、乃ち生まる。生まるる時、母の左腋を剖きて出づ。生まれながらにして白首(白髪)。故に之を老子と謂う。」

と、摩耶夫人の右腋から生まれたお釈迦さまを思わせる伝承が記されています。葛洪は、これら老子に関する神格化された伝承を列挙した上で

「其の実、之を論ずれば、老子は蓋(けだ)し得道の尤(もっと)も精なる者にして、異類には非ざる也。」

「老子は本、人霊なるのみ。浅見の道士、老子を以て神異と為し、後代の学者をして之に従はしめんと欲して、而も之は更に長生の学ぶべきを信ぜざらしむを知らざる也。何となれば、もし老子はこれ道を得る者と謂はば、則ち人、必ず力を勉めて競ひ慕はん。若しこれ神霊異類と謂はば、則ち学ぶべきに非ずとせん。」

と、老子は神霊異類ではなく道を得た人間だったのであり、私たちもその道を学び行うことができると強調しています。このことは、お釈迦さまについてもいえるのではないでしょうか?
 お釈迦さまが亡くなった日も老子が生まれた日も、実際にはよく分からないのが本当のところですが、中国に仏教が伝わると二月十五日が釈尊入滅の日とされ、朝鮮や日本にもそう伝わりました。道元禅師の「正法眼蔵」八大人覚には

「大師釈尊、最後之説、為大乗之所教誨、二月十五日夜半の提唱、これよりのち、さらに説法しましまさず、つひに般涅槃しまします。」

とあります。
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(涅槃像、島原・江東寺、2015/7/15)
また。老子の聖誕日が二月十五日であることは、老子が神格化された道教の太上老君の聖誕日や、三清道祖のうちの道徳天尊の聖誕日が二月十五日とされていることからも明らかです。
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(坂戸・聖天宮、2019/12/26)
 旧暦2月14日、亡き妻の形見であるタイの釈尊像の御前で「仏遺教経」をお唱えし、道徳天尊の図像の前で「老子道徳経」を読誦しました。お釈迦さまの道と老子の道には、共通する処もあれば異なる処もあります。日本に禅の教えを伝えた栄西禅師の「興禅護国論」に、禅宗が諸の大乗の教えに通じるのなら何で別に宗派を立てようとするのか、と問われた禅師は、仏さまは衆生の機根に随って様々な方便の姿をとられると答え、

「円覚経の序に云く、直道に二無し。学に殊(こと)なり有るが故に、仏・老、道を語るは則ち同じく、論述は則ち異なる。」(原漢文)

と、お釈迦さまの道も老子の道も一つでありながら、人々に応じてその方法は異なることが挙げられています。
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(栄西禅師生誕地と吉備の中山、2020/1/21)
 お釈迦さまのご遺言である「仏遺教経」には、「八大人覚」という教えが説かれています。「八大人覚」とは

少欲・知足・遠離・精進・不妄念・修禅定・智慧・不戯論

の八つ。苦しみを滅するための八つの道(八正道(正見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定))を、別の言い方で語ったとも受け取れる教えです。「少欲」「知足」の教えは、八正道でいえば正業(正しい行い)・正命(正しい生活)に当たり、戒・定・慧の「三学」でいえば、「少欲」「知足」「不戯論」が「戒」に当たりましょう。

「汝等比丘、当に知るべし。多欲の人は多く利を求むるが故に、苦悩も亦多し。少欲の人は求むる無く欲無ければ、則ち此の患い無し。(中略)少欲を行う者は、心は則ち坦然として憂畏する所無く、事に触れて余り有り。常に不足無し。少欲有る者は、則ち涅槃有り。」

「汝等比丘、若し諸の苦悩を脱せんと欲せば、当に知足を観ずべし。足るを知るの法は、即ち是れ富楽安穏の處なり。足るを知るの人は、地上に臥すと雖も、猶お安楽と為す。足るを知らざる者は、天堂に處すと雖も亦意に稱(かな)わず。足るを知らざる者は、富むと雖も貧し。足るを知るの人は、貧しと雖も富めり。足るを知らざる者は常に五欲の為に牽(ひ)かれ、足るを知る者の為に憐愍せらる。」
(「仏遺教経」)

「少欲」「知足」という生き方は、老子もたびたび説いています。

「甚だ愛せば必ず大いに費え、多く蔵せば必ず厚く亡(うしな)う。足るを知らば辱しめられず、止(とど)まるを知らば殆(あや)うからず、以て長久なるべし。」(第四十四章)

「天下に道有らば、走馬を却(しりぞ)けて以て糞す(馬を農耕に使う)。天下に道無からば、戎馬、郊に生む(馬を戦争に使う)。罪は欲す可きより大なるは莫(な)く、咎(とが)は得んと欲するより大なるは莫く、禍は足るを知らざるより大なるは莫し。故に足るを知るの足るは、常に足る。」(第四十六章)

お釈迦さまが「少欲知足」を尊ぶのは、「貪欲」が苦しみの原因となる代表的な煩悩だからでしょう。人生は苦であり、苦にはその原因となるものがあり、苦の原因を滅すれば苦も滅する。苦を滅する道こそ、真の道である(苦集滅道の「四諦」)。その道として、生前のお釈迦さまは四念処・四正勤・四神足・五根・五力・七覚支・八正道などの教えを繰り返し説かれたのでした。
 「八大人覚」の「精進」について、お釈迦さまはこうご遺言されています。

「汝等当に勤めて精進すべし。譬えば少水の常に流るれば、則ち能く石を穿つが如し。」(「仏遺教経」)

仏道を行じることを、少水も流れ続ければ、やがて石に穴を開けるに至ることに譬えています。「老子」第七十八章には

「天下に水より柔弱なるは莫し。而も堅強を攻むる者、之に能く勝る莫きは、其の以て之を易(か)うる無きを以てなり。」

と、同様の譬えが説かれています。お釈迦さまが「水」を私たちの不断の努力に譬えているのに対し、老子は「水」に

「柔弱は剛強に勝つ」(第三十六章)

という自然の道理を観ています。「少欲知足」についても、老子は止まることのない欲望が災いや戦争といった苦しみの元となるからだけではなく、満ちればやがて尽き、盛んならばやがて衰えるという自然の道理を見据えて説いているようです。

「天の道は、其れ猶お弓を張るがごときか。高き者は之を抑え、下(ひく)き者は之を挙ぐ。余り有る者は之を損し、足らざる者は之を補う。天の道は余り有るを損して足らざるを補う。人の道は則ち然らず、足らざるを損して以て余り有るに奉ず。」(第七十七章)

余ったもので不足を補う。地球の大気や海洋のエネルギー循環は、まさにこの通りです。安定しているシステムとは、「余り有るを損して足らざるを補」っているのでしょう。それに反し、足りないものをさらに減らして、余りあるものにさらに上乗せする・・・不足しそうなモノを我れ先にと大量に買い占めたり、大気の成分であれ景気であれ体内の組成であれ、何かが増大し続けたり減少し続けているようなシステムというのは、やがては崩壊するでしょう。
 新型コロナウイルスの世界的流行の中、東洋の二人の聖者の教えに学びつつ、釈尊涅槃会・老君聖誕日を静かに迎えたいと思います。

「聖人は積まず。既(ことごと)く以て人に為(ほどこ)して、己れ愈いよ有り。既く人に与えて、己れ愈いよ多し。天の道は利して害せず。聖人の道は為して争わず。」(「老子」第八十一章)

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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝