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紅葉ヶ滝~七つ岩~権現山放浪

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 新型コロナウイルスの流行に、人々は自発的に小欲知足になってきています。老子は

「民をして死を重んじて而して徒(うつ)るより遠ざから使む。舟輿有りと雖(いえど)も之に乗る所無く、甲兵有りと雖も之を陳(つら)ぬる所無し。民をして復た縄を結びて之を用い使む。其の食を甘(うま)しとし、其の服を美しとし、其の居に安んじ、其の俗を楽しとす。隣国相い望み鶏犬の声相い聞こゆるも、民は老死に至るまで相い往来せず。」(「老子」第八十章)

と理想郷を描きましたが、いざ未知の疫病が流行してみると、老子の理想郷にも首肯けます。小さいおばさんがガミガミ言ってもおじさんはグレるだけですが、やむを得ない状況が発生すれば、おじさんもおばさんも黙って自ら小欲知足を厭わない。為すなくして為さざるなき大自然のやり方は、量り知れません。私もこの機会に、しばらく遠出はやめ、近場の山谷で新たな体験を楽しむ気になりました。
 3月3日朝、久々に私の「白山遥拝所」の一つ・汾陽寺山腹の鉄塔へ。白山頂は雲に見え隠れ。
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北東に御嶽山。
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西に見える残雪の山は、金糞岳でしょうか。
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鉄塔下に北面して坐していると、やがて真っ白な白山三所権現がお姿を現わしました!
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左から別山(別山大行事権現)、大汝峰(白山越南知権現)、御前峰(白山妙理大権現)。白山三所権現は垂迹神としては白山妙理大権現が伊弉諾尊(イザナギノミコト)・伊弉冊尊(イザナミノミコト)、別山大行事権現が天忍穂耳尊(アメノオシホミミノミコト)、越南知権現が大己貴命(オホナムチノミコト)。本地仏としては白山妙理大権現が十一面観音菩薩、別山大行事権現が聖観音菩薩、越南知権現が阿弥陀如来。さらに、藤原能信作と伝わる「白山大鏡」記載の三十七の神仙洞のうち、御前峰の蓬莱仙宮洞には「梅真仙」(仙人・梅福(字(あざな)は子真))が、大汝峰の最勝神宮洞には「元真伯陽之仙」(伯陽は老子の字)が居るとされています。白山には神仏も神仙も拝むことができるわけですが、畢竟、この真っ白に輝く山・白山とは何なのかといえば、万物の母たる大いなる道であり、大自然の妙理に他なりません。白山と対坐してその清涼な霊気を受け、全身にめぐらせました。
 一時間ほどして坐を立ち、谷へ。紅葉ヶ滝へと降りてゆきました。
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綿々と流れ続ける滝の周囲にはいくつかの洞があります。

「谷神は死せず、是れを玄牝(げんぴん)と謂う。玄牝の門、是れを天地の根と謂う。綿綿として存するが若く、之を用いて勤(つ)きず。」(「老子」第六章)
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この洞は神仙の棲み家でしょう。私もこんな処でひっそりと暮らしたいものですが、肝心なことがあります。仙人は、糞をたれません。仙人は穀物を食べません。野糞をブリブリたれているようでは仙人どころか、野獣にすぎません。それはそうと、新型コロナウイルスの流行で、小利口な人たちがトイレットロールを買いだめし始めています。私はそんなことはしたくありません。トイレットロールがなければティッシュか紙くずで、それもなければ河原で葉っぱを拾って拭けばよいのです。
 正午、滝の上から日が差してきました。
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滝前に坐し、清らかな滝壺に日の光が映え、蒸気が天に昇って雲になり、山の頂を覆い、雪となって積もり、融けた水がまた流れ下ってゆくのを感じました。一時間ほどして坐を立ち、寺尾谷沿いに降下。昔は歩道があったようですが、支流の谷を渡る橋もこんな感じ。
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倒木も少なくはありません。
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砂防堰を越えると山腹に巨岩があり、登ってしばし坐しました。
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さらに谷沿いに下ってゆくと、昔、田畑をイノシシから守るために築かれた猪垣(ししがき)がありました。
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寺尾の集落に出、梅盛りの観音堂に参拝。
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滝から下ること一時間、「寺尾岩めぐり」登り口を登って「よぼし岩」へ。
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さらに登って花見台という小ピークに出ると、南側に寺尾ヶ原をはさんで権現山と汾陽寺山。
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東には板取川の彼方に恵那山と、白い中央アルプスの峰々。
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北には高賀の山並。
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さらに山道を北へアップダウン、登り口から四十分ほどで七つ岩に着きました。
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一番高い岩は五メートルほどあり、てっぺんに登ると、北に板取川やタカネ(箭筈山)、その右に高賀山、左には滝波山が頭を覗かせています。
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東は板取川が長良川へと流れゆき、彼方に恵那山。
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南に権現山、南東に天王山。
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七つ岩は数えてみるとたしかに七つあり、おそらく北斗七星に見立てた山伏の行場だったのでしょう。
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ふと、「三国志演義」で、赤壁の戦いの際に諸葛亮(孔明)が「七星壇」を築き、道術によって東南風を吹かせたのを思い出しました。
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七つ岩の中にはちょっとした窟になっている処もあり、一休み。
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三十分ほどして下山しました。
 花見台へと戻り、権現山目指して薄藪の尾根を縦走。
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権現山という名の山はこの辺りにいくつかあり、蔵王権現が祀られていた処や白山権現が祀られていた処がありますが、これから目指す権現山には白山権現が祀られています。尾根は蛇行、一旦、藪を下って谷に降り、谷筋の林道を南へ。祠があり、参拝。
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さらに谷筋を登ってゆき、谷が二俣に分かれた処でまん中の尾根に取り付きました。
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急峻な尾根を、拾った枝を杖にして上へ。
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七つ岩から一時間半。権現山の鉄塔に着くと、北に一糸纏わぬ白山三所権現のお姿。
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異常な暖冬で高賀山は今期ほとんど冠雪しませんでしたが、越美国境の滝波山ですら、残雪がほぼ見当たりません。独り真っ白に輝く、白山。鉄塔下に坐し、かつて当ブログを公開した際に最初に記した願文を唱えました。

願わくは、白山に積もりし雪の白く輝き、十方を照らすが如く、雪解け水の流れ下りて、大地有情を潤すが如く、森羅万象を統べる妙理妙法に帰依し奉り、持戒・禅定・智慧の道によって、内なる毒龍を菩薩に転成せしめ、如何なる苦しみのさ中にありても道心を忘れず、小さき命をも害わぬよう気をつけ、滝が如く、大杉が如く、白山の山並が如く正身端坐し、四海波静かに、物事の原因と結果を正しく見究めて、あらゆる色づけに超越せる智慧と限りなき慈悲を、日々に反映せんことを。

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持戒・禅定・智慧の仏教の「三学」を、今日は倹約・謙譲・慈愛の老子の「三宝」に置き換えて唱えました。
 二十分ほどして坐を立ち、西日に照らされた山頂の白山権現社へ。
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勤行を修し、白山妙理大権現および王子眷属を供養しました。北へ下り、一段下の鉄塔より北に白山と高賀山、
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南に先ほど白山を遥拝した鉄塔、
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北東に高賀の山並と御嶽山、
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西に汾陽寺山と伊吹山を遥拝。
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入峯から約七時間で寺尾ヶ原に戻りました。
 着の身着のまま、ズックを履いて手ブラで気の向くままに山に入り、真っ白く輝き両翼をいっぱいに広げた白山を拝む。それが私の「白山順禮」の原点です。南から拝む白山は、周囲の雪山が色褪せてしまうほどに本当に白いのです。

「其の象の色 鮮白なり、白の中に上(すぐ)れたる者なり。頗梨(はり) 雪山(せっせん)も比とすることを得ず。」(「観普賢経」)

「其の白を知り、其の黒を守らば、天下の式と為る。」(「老子」第二十八章)

冬は一面に真っ白く、夏は黒くて池は碧く、樹々は緑に多彩な花が一時に開く白山。白山に養われている松ぼっくりとして、さらに順禮を続けてまいります。
 
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝