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長良川・各務用水放浪3

 今から百年以上前の明治34年(1901)に完成した、全長二十キロにわたる農業用水路・各務用水。小瀬で取水された長良川の清流は、武儀郡二ヶ村・各務郡九ヶ村・厚見郡一ヶ村の十二ヶ村(現、関市南西部・岐阜市東部・各務原市北西部)の農地を、今も潤し続けています。今月(2018年8月)4日に「各務用水碑」から上流へ、小瀬の取入水門まで歩きましたが、今回は用水碑から下流へと放浪してきました。
 8月30日朝6時、津保川と長良川(今川)の合流地点へ。


7月初めの豪雨で流れてきた白いモノが、川岸の樹々に掛かったままです。ビニールかと思っていましたが、津保川の氾濫で被災したプラスチック加工会社から流出した、ポリエチレン樹脂だそうです。最近、プラスチックによる海洋汚染の深刻化が叫ばれていますが、問題の要はプラスチックそのものよりも、ペットボトルを含むプラスチック等のゴミを、道や川にポイ捨てする人間の行為にあるのではないでしょうか。プラスチックに替わるモノの開発だけでなく、ポイ捨てしない・させない人間の心の開発こそ、もっと叫ばれてよいのではないかと思います。
 各務用水碑の前で、津保川をくぐった各務用水がサイホンから勢いよく流れ出しています。



武儀郡(下白金)から各務郡(芥見)に入った各務用水は、山裾を流れつつ周辺の田んぼを潤しています。


水路沿いにお堂が現われ、「保寿山薬王寺 保寿稲荷大明神」の碑の奥には稲荷社、さらに寺の歴代住持のお墓と、江戸時代前期の「読誦法華経供養塔」がありました。


お寺は見当たりませんが、かつて、薬王寺(法華経供養塔には「各務郡芥見村 開闢薬王山持経寺住持」とあります)というお寺があったのでしょう。法華経如来寿量品をお唱えしました。
 各務用水沿いに歩を進め、上川並神社に参拝。


江戸時代後期の灯籠正面に「天照皇太神宮」、側面に「秋葉大権現」「金毘羅大権現」とあり、諸尊ご宝号をお唱えしました。用水路は若宮山の西側を迂回、若宮神社の鳥居をくぐって用水路上の橋から東に朝日、西に百々ヶ峰を遥拝。



若宮神社に参拝し、山を見上げつつ西から南へ。



上芥見の地蔵堂に参拝。


若宮山の南側に出た各務用水の上には、太陽光発電パネルが並んでいます。



太陽光発電所といえば、たいてい、田畑や山を造成してギラギラしたパネルを並べただけの、見るからに地球温暖化に貢献しそうな所が多いのですが、用水路上であれば周囲の環境への負荷も少なく、また、各務用水を管理する土地改良区の収益にもつながり、日本のみならず世界でも応用できるモデルではないでしょうか。
 各務用水太陽光発電所の南端に山田川サイホンがあり、用水は山田川をくぐります。


山田川サイホン下流側、背後は若宮山。


此処から各務用水は芥見を南流、前方右手に清水山、彼方に三峰山。


振り返ると、若宮山の左奥に武芸川の権現山と汾陽寺山、空気の澄んだ日には白山もよく見えるはずです。


各務用水と平行する緑地は、かつての名鉄美濃町線の線路跡。2005年に廃線となった路面電車です。日本ではチンチン電車(路面電車)が次々と姿を消してしまいましたが、高齢ドライバーによる事故の多発や排気ガスによる地球温暖化を考えれば、路面電車のメリットは大きいはず。長崎市のチンチン電車などは安くて便利で、今も老若男女、地元の人も旅人も外国人観光客も使っています。共生社会(人間同士の、また人と自然の)の乗り物として、復活してほしいものです。
 名鉄美濃町線下芥見駅跡。


ホームとベンチが残っています。各務用水は国道をくぐってさらに南流。野畑の圓通院に参拝し、用水路脇の水神さま(水徳神)に掌を合わせました。


やがて前方に老人ホームや病院、その後ろには山頂に白山神社が鎮座する岩滝山。


病院の辺りに東西分水工があり、此処から下流で各務用水は東幹線水路と西幹線水路に分かれます。


東幹線水路へと歩を進め、東側に岩滝山から各務原権現山(山頂に多度神社が鎮座)へと連なる山並を遥拝、各務用水は川の上の掛樋を流れています。


岩滝山の裾を流れる各務用水。


9時に岩滝の六所神社に参拝。


此処で一旦、用水路を離れて岩滝山上の白山神社へと登ってゆきました。クモの巣にまみれつつ十分弱で登頂。


白山権現ご宝前で勤行をし、北側斜面の鉄塔巡視路より、歩いてきた野畑辺りを見下ろしました。


岩滝山の西隣の山にある「おすわらさま」にも参拝、美濃の洲原神社を勧請した処です。


洲原神社は白山十禅師大権現と称し、白山三所権現の前立として十禅師(禅師王子、本地・地蔵菩薩) を祀った処です(「洲原白山安定由緒書」)。白山権現王子眷属を拝み、三十分で六所神社に戻りましたが、湿度高く汗ダクになりました。
 各務用水は岩滝山沿いに東流。真願寺に参拝して岩滝山を見上げ、用水路沿いに東へ。


やがて岩滝山毘沙門堂の参道に入り、仁王門をくぐって毘沙門天さまに参拝。


往古は法花寺と号し、聖武天皇の勅願、ご本尊の毘沙門天は行基菩薩の御作とのこと。般若心経と毘沙門天ご真言・行基菩薩ご宝号をお唱えしました。暑さと湿気で汗ダクですが、二王(仁王)さまのお姿を見て、ふと、「二王禅(仁王禅)」を説かれた鈴木正三和尚の教えが心に浮かびました。

「初心の人如来像に眼を著(つけ)て、如来坐禅及べからず。只二王・不動の像等に眼を著て、二王坐禅を作(な)すべし。先二王は仏法の入口、不動は仏の始と覚えたり。然ればこそ、二王は門に立、不動は十三仏の始めに在ます。」
「仏道修行と云は、二王・不動の大堅固の機を受て修すること一つ也。」
「毘沙門のあまのじゃくを踏付(ふみつけ)給ふ處は、自己を睨付(にらみつけ)て守る位ひ也。」
(「驢鞍橋」)

仁王さまと毘沙門天王さまの機を受け、各務原へと下ってゆきました。


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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝