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出雲巡礼/神原~峯寺~木次~天が淵1

 11月7日、四ヶ月ぶりに出雲へ。旧暦十月は神無月(かんなづき)、日本全国の神々が出雲に集まる月で、出雲では「神在月(かみありつき)」です。朝8時前に加茂中駅で下車し、赤川を渡りました。
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川沿いに下流へ歩を進め、宇能遅神社に参拝。
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「出雲国風土記」大原郡の条に「宇乃遅の社」とあります。祭神は大己貴命(大国主神)・須美禰神・須佐能袁命(スサノヲノミコト)。さらに川沿いに足を進めると、現われた銅鏡のレリーフ。
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中国・魏の景初3年(239)の銘があります。「魏志倭人伝」に、景初2年(238)6月、倭の女王・卑弥呼が魏に使者を遣わし、その年12月の魏の皇帝(曹叡。曹操の孫)の勅書に

「特に汝に紺地句文錦三匹、細班華罽五張、白絹五十匹、金八両、五尺刀二口、銅鏡百枚、真珠鉛丹各五十斤を賜う」

とあります。やがて、この銅鏡が昭和47年(1972)に出土した神原神社古墳に到着。
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出土した銅鏡(三角縁神獣鏡)には四方に東王父・黄帝・西王母・伯牙、その間に四獣が描かれています。旧社地は赤川の対岸で、川の拡幅工事の際に発掘されて移築したとのこと。神原神社は「出雲国風土記」大原郡の条に「神原の社」とあり、また「神原郷」は古老の伝によれば、「天の下所造(つく)らしし大神」、即ち大穴持命(大国主神)が神宝を積み置かれた処で、「神財(かむたから)の郷」と呼ぶべきなのを今のひとは「神原の郷」といっている、とあります。
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境内には大己貴命(大国主神)の御歌。

ありがたや松井の里の神遊び
これぞみくにのまもりなるらん

大国主神と共に、銅鏡に描かれている神仙たちを拝みました。
 赤川沿いに、西へ。
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河畔に咲く紫の菊。
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ヨメナでしょうか、ノコンギクでしょうか。大嶽大橋より振り返った上流側。
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この辺りから二・五キロほど北の山中にある加茂岩倉遺跡からは、平成8年(1996)に銅鐸が39個出土しました。その中にはトンボやウミガメが描かれたのもあります。斐伊川との出合いに近づき、9時前に八口神社に参拝。
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「出雲国風土記」大原郡の条に「矢口の社」とあります。伝承によれば、斐伊川で須佐之男命(スサノヲノミコト)が八俣の大蛇(ヤマタノヲロチ)を退治した際、酒に酔った大蛇が斐伊川上流から流れ下って「草枕山」を枕に伏せっていたところを命が矢で射たとのこと。草枕山は現在赤川が斐伊川へと流れている辺りに安政年間(1854~60)まであったそうですが、度重なる水難のため山を切り開いて流れを変えたそうです。かつて草枕山のあった処を抜けて、斐伊川へ。
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下流には、今年2月に登った仏経山(神名火山)。
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あのとき道を間違えて「ジュラシック・ジャングル」を藪漕ぎし、ポケットに入っていたシダの葉は、九ヶ月近くたった今もまだ青々としています。
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仏経山から南へ下って斐伊川の美しい風光に触れたとき、いずれこの川の上流を、須佐之男命の八俣の大蛇退治の舞台を歩いてみたいものだ、と思ったのでした。その機会が、訪れたのでした。
 斐伊川右岸を上流へと行道。八口神社の南方には須佐之男命が八俣の大蛇の尾の中から草薙の大刀(天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ))を得た処と伝わる「尾留大明神旧社地」がありますが、斐伊川見たさに河岸に出ると、堤防外は延々と工事中。下りるに下りられず、南方より尾留大明神旧社地の辺りを遥拝。
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奥には八口神社の社叢。9時半、三代橋を渡って斐伊川左岸へ。
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「出雲国風土記」飯石郡の条にある「伊我山」の東の裾を回りこみ、八大竜王の碑に掌を合わせて中腹の峯寺(みねじ)へと登ってゆきました。
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 10時半、峯寺本堂に参拝。
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役行者が開かれた霊場です。さらに登って観音堂へ。
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お堂の前には宝篋印塔。般若心経と宝篋印陀羅尼を誦し、峯寺弥山へ。役行者が修行されたという滝は水がわずかでした。
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11時に峯寺弥山登頂。
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北西に出雲大社と、半年前(2019/5/13)に歩いた弥山など「出雲の御崎山」の山並を遥拝。
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出雲ドームも見えます。大社に向かって四拍手しました。「弥山(みせん)」という山名は、山頂に帝釈天が住む「須弥山(しゅみせん)」に由来するのでしょう。南西に頭を覗かせる三瓶山。
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南東には三刀屋川と斐伊川上流、そして中国山地の山並。
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「雲州樋河上天淵記」(大永3年(1523))によれば、八岐の大蛇(ヤマタノヲロチ)は樋河(斐伊川)上流の天淵(天が淵)で素戔烏尊(スサノヲノミコト)に退治され、ズタズタになった大蛇が流れ滞った処が来次(木次)の八本杉、腹の皮が流れ止まった処が皮原、八つの尾が流れ落ちた処が三刀屋尾崎(尾留大明神旧社地?)、大蛇が枕した処が草枕。これから天が淵へと向かうべく、峯寺弥山から斐伊川へと下ってゆきました。
(続く)

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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝