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白山美濃禅定道登拝・中

(承前)
(10月23日15時)藪から危険な斜面を渡り、転法輪の窟へ。
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残雪期はアイゼン履いてもカチンコチンの45°の雪渓、一歩間違えば奈落の底です。雪のない今日は山頂から三十分ほどで到着。
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「白山名所案内」(安永6年(1777))には、此処が三十七ヶ所の秘所のうちの「蓬莱宮」と記されています。三十七所の「神仙洞之秘所」が記される十一世紀前半藤原能信作と伝わる「白山大鏡」には、

「第十七、蓬莱仙宮洞、梅真仙等大神仙居、耀金輪仏頂之威徳、継法命成仏身・・・」

とあり、「梅真仙」の下に「長白神」と傍注があります。「蓬莱」とは道教における東方海上の神仙の山で、「白山大鏡」では白山が「蓬莱神仙白山峰」「白山蓬莱神仙峰」と称されています。この「蓬莱神仙洞」には、「梅真仙」等の大神仙が居られるというのです。
 「梅真仙」は、前漢の成帝(在位紀元前33~紀元前7)に上書し、後に会稽(紹興)の梅山や舟山群島の梅岑(普陀山)に隠れて仙人となった梅真(梅福、梅子真)のことでしょう。「長白神」は中国(満州)と朝鮮の境にある長白山の神でしょうか。私は今まで白山を神と仏が共存共生する山として拝んできましたが、それだけではなく、不老長生の仙人たちも共存共生しているようです。「続古事談」には、白山の西因上人(保安2年(1121)に白山加賀馬場・笥笠(けがさ)神宮寺にて昼夜不断の念仏三昧を厳修した)の話として、白山に三人の上人がいたと記されています。一人は真言を学んで山頂に住み、三時の行法をして人に会わない「証果の人」。一人は人里近く住み、結縁の人が来れば話を聞く前にその心を知る「化人」。そしてもう一人は、座の前に鉢を置いて天水を受けて飲み、雨が降らねば呪し加持すれば雲沸き雨降り鉢の水絶えぬ、九十二歳にして起居軽利な「神仙」。観音経を誦し、窟の上から滴る水を受けつつ坐していると、白山開山よりずっと昔から此処で鉢に水を受けていた仙人の姿が偲ばれるのでした。
 道教の仙人には上・中・下の三種あり、昇天する「天仙」、名山に隠れ遊ぶ「地仙」、死んでから脱皮のように仙人となる「尸解仙」がいます(「抱朴子」)。梅真仙は地仙でしょうか。また、「白山大鏡」には

「第十四、日輪宮神仙洞、現霊山釈迦影向常転法輪、説妙法」

即ち、日輪宮神仙洞には霊鷲山のお釈迦さまが現われ常に妙法を説いておられる、とあり、この神仙洞も「転法輪の窟(朝日の窟)」に相応しく思われます。
 転法輪の窟から、御前峰の山腹を北へ。急峻なガレ谷で、足を滑らせれば谷底へ。
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見上げれば、巨岩ゴロゴロ。
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無事に草の付いた尾根に渡り、振り返った転法輪の窟。
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さらに御前峰山腹をトラバースし、剣ヶ峰へ。
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窟から四十五分ほどで剣ヶ峰登頂。
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北東に冠雪した穂高・槍・立山。
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東には御嶽山。
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「大御前の後の山をみせんが嶽といふ。焼崩れたるすさまじき石峰也。是も秘所のひとつと云。俗につるぎの山と名付るこれなり。」(野路汝謙「白山紀行」(十七世紀後半))

白山の溶岩ドームである剣ヶ峰も、三十七所の秘窟の一つであったようです。「白山大鏡」には、

「第二十七、高聳剣御仙洞、帝釈天王仙宮洞也、移忉利天宮之機、帝釈居(中略)投薬治三毒之病、滅業草生、一度喰之、貪瞋癡之三毒忽消滅・・・」

とあり、剣ヶ峰は帝釈天のおられる須弥山(しゅみせん)頂の忉利天(とうりてん)になぞらえられていたのでした。「みせんが嶽」という名も、須弥山に由来するのでしょう。立山の別山も帝釈天を祀った山であり、同じく忉利天と見なされていたと思われます。
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(立山・別山、2016.7)
 帝釈天を拝み、剣の刃の如き尾根の山腹をトラバース。
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難所を通過すると、正面に翠ヶ池と大汝峰。
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左下には紺屋ヶ池が見下ろせ、紺屋ヶ池と翠ヶ池の間には水のない火口も見えます。
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紺屋ヶ池の奥には、油ヶ池と血の池。白山は万治2年(1659)の紺屋ヶ池火口の噴火以来、三百六十年間噴火していませんが、いつ噴火してもおかしくはない火山です。

「谷を見下せば池三つあり。中にも大きなるを不孝因の地獄と云ふ。何れも水は藍の如し、されば俗に紺屋の地獄といひならはしたり」(「白山紀行」)

「不孝因の地獄」とは現在の翠ヶ池のことで、普光院という山伏が「此池地獄にはあらず」と池に手を入れたところ、何ともありませんでしたが、池から手を出すと焼けるように熱く、やがて全身池に沈んでしまったことに由来します(「白山道の栞」(天保2年(1831)))。普光院は、身をもって火山の恐ろしさを後世の私たちに警告し続けています。
 紺屋ヶ池へと降下。
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向かいには御前峰の御宝庫。紺屋ヶ池はまるで天然の藍甕です。17時、翠ヶ池に参拝。
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白山最大の火口池の畔に坐し、剣ヶ峰と御前峰を遥拝しつつ観音経を誦しました。静かに打ち寄せる、水のつぶやき。この池は白山の心であり、丹田です。日は沈み、翠ヶ池から鏡石を経て大汝峰へ。
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17時45分、ヘッドランプ点けて大汝峰登頂。
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日が暮れても上着なくてよい気温。

「第三十、最勝神宮洞、元真伯陽之仙居、説都率之三身、納如来万徳詮畢竟一理(中略)以諸天護日域人民、実是天子要道也、越南智仙洞」(「白山大鏡」)

白山越南知権現(大汝峰)の本地は阿弥陀如来、垂迹は大己貴命(オホナムチノミコト)即ち大国主神ですが、三十七所の秘窟の一つ・最勝神宮洞(越南智仙洞)には「元真伯陽之仙」が居られるとのこと。「伯陽」とは、老子の字(あざな)です(葛洪「神仙伝」、「抱朴子」)。大汝社にて阿弥陀さまに念仏、大国主神に神語、さらに太上老君(老子)に訣をお唱えしました。雲で星は見えませんが、彼方に北陸の夜景。
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中夜には金沢の夜景が遠望できました。
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(続く)

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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝