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長良川・各務用水放浪5

(承前)
 8月30日13時すぎ、三峰山麓の白山神社に参拝。三峰山には昔、近くに住んでいたことがあり、冬の晴れた日など、朝焼けの白山を拝みに夜明け前からしばしば登ったものです。山道から西に、先ほど登った野一色の権現山から金華山へと連なる山並を遥拝。


南西に琴塚古墳も見えます。


岩場のある山道を登り下りして三十分強で登頂、北側に長良川や高賀の山並を拝みました。


西側には金華山と舟伏山。


北側への山道を下って岩田坂に降り、池より見上げた三峰山。


山裾を北上しバイパスをくぐって春日神社にお参りしました。


神社から兎走山麓の川沿いに北西へ。


北東には、日子坐命のお墓がある清水山。


14時半に長良川に出ました。


兎走山の岩壁にぶつかった長良川は北から西にカーブしており、大量の木やゴミがたまっています。


7月初めの豪雨で増水した際のものでしょう。岩壁には落石よけのネットがあり、処々の穴の中にお地蔵さまがお祀りされています。念仏をお称えし、長良川で水難で亡くなられた方々と、7月の西日本豪雨で亡くなれた方々のご冥福をお祈りしました。


 長良川沿いに北上し、山の神に参拝。


下流に金華山と舟伏山を望み、トンネル手前で山側の藪に突入。


山と山との鞍部に踏み跡があり、全身クモの巣まるけの汗まみれで行道。


十分弱で白山神社に出、勤行を修しました。


祇園天王社、冷泉院と順拝して15時前に芥見・蓑笠山麓の八幡神社に参拝。


大きなお宮です。蓑笠山に登ると再びクモの巣だらけになりましたが、山上の祠の奥(東)に泰澄大師が蔵王権現を祀った芥見権現山が拝めました。


勤行を修し、蔵王権現と泰澄大師、役行者を供養。東麓の真聖寺(黄檗宗、本尊・十一面観音さま)にて般若心経をお唱えして北へ出ると、若宮山麓から朝歩いてきた各務用水が望めました。


 再び長良川へと歩を進め、金刀比羅宮と水神さま(白山神を勧請したものとのこと)に参拝、川沿いに北上して16時に多門天にお参りしました。


ご本尊の毘沙門天王さまは、室町時代中期以前に長良川が氾濫した際、上流から漂着したとのこと(「芥見郷土誌」)。「北濃の史跡と傳承」によれば、長良川上流の毘沙門岳中腹に祀られていた干田野の毘沙門様が、豪雨による山抜けで流れ下ったと伝えられているそうです。


(現在の「毘沙門様」跡、2017.3登拝時)
芥見に祀られた毘沙門さまは、延宝4年(1676)頃に脱心という禅僧が当地に来てお守りし、京都宇治・黄檗山萬福寺の木庵禅師に相見して禅師を開基に一寺を開いたのが、此処だそうです(「芥見郷土誌」)。この辺りには真聖寺、冷泉院と、黄檗宗の寺院が多くあります。黄檗宗の清水寺というお寺もあったようです。
 白山連峰の山々を源流とする、長良川。


長良川の水を旱害に苦しんでいた地域に送る、全長二十キロの各務用水。長良川を流れ下ってきた、毘沙門さま。白山に登拝するとき、また、毎月の白山鳩居峯(古の長瀧寺の山伏の行場)十宿中の五宿順拝(三ノ宿~西山~毘沙門岳縦走を含む)のとき、下流で多くの人々と生きものたちが、この山・この沢・この雪の恵みを受けているのだということを忘れずに、行じてまいろうと思います。と同時に、日常ご飯をいただくとき、お水をいただくとき、体を洗うとき、お山の恵みに感謝したいと思います。

南無白山妙理大権現
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝