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マダニフィストの手記3・善悪

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 俺の名はマダニフィスト。ある野郎の心に寄生している魔ダニだ。奴のしたことは善いことも悪いことも全部知ってるぜ、俺が奴を宿主にしてからのことはな。無論、善悪を判断するのは俺の役目じゃない。それは奴みずからが心に感じることだ。ただ、奴の心が細菌やらウイルスに染まっていれば俺も感染しちまう。そして、奴と別れて次の宿主に寄生したとき、それらを移すことになるのさ。
 四世紀前半に中国で書かれた神仙思想の書「抱朴子」に、人間の身中には三尸(さんし)という虫がいて、こいつらは鬼神の属で形は見えぬが魂霊あり、宿主を早く殺そうとしている、と書いてある。そして、年に六度の庚申の日になると、天に昇って寿命を司る神さまに宿主の野郎の悪事をチクる。司命の神さんは、悪事が大きければ寿命を三百日、小さければ三日縮めるそうだ。年がら年中悪事ばかりしているアンタみてぇな奴は、一年で五年分の寿命が削られるワケだ。
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この三尸ってのは、俺のご先祖さまのことさ。中国で十世紀に書かれた「太上除三尸九蟲保生経」には三尸九蟲の絵も描かれているが、九蟲の中の「肉虫」って奴は脚が八本に涙滴状の体、俺と瓜二つだ。本文にも、肉虫は爛れたスモモの如く、人の血を食らうとある。「ただれたスモモ」とは、血をタップリ吸って膨張した俺らの姿にピッタリの表現だ。これらの書物には、煉丹術で作った丹薬を服用して三尸九蟲を除去する方法が記されている。また、年に六度の庚申の日に三尸が悪事をチクリに行かないよう、徹夜ですごす「守庚申」の風習は、後に仏教と習合して日本各地にも「庚申待」として普及していった。だが、丹砂(硫化水銀)を服用したり徹夜して三尸の密告をやめさせたところで、アンタらが悪事をやめなければ意味のないことだと思わないかい?三尸がいようがいまいが、マダニフィストがいようがいまいが、神さま仏さまがアホでない限りは、人間の善事も悪事もすべてお見通しのはずだろう。
 「抱朴子」には煉丹術のことも書いてあるが、不老長生のためには善を積み功を立てることが大事じゃ、と説かれている。

「物に慈心あり、己を恕して人に及ぼし、仁昆蟲に逮(およ)び、人の吉を楽しみ、人の苦を愍(かな)しみ、人の急を賙(にぎは)し、人の窮を救ひ、手は生を傷(やぶ)らず、口は禍を勧めず、人の得を見ること己の得の如く、人の失を見ること己の失の如く、自ら貴とせず、自ら誉とせず、己に勝るを嫉妬せず、陰賊を佞諂(ねいてん)せざらんと欲し、此の如くにして乃ち有徳と為れば、福を天に受け、作す所必ず成り、仙を求むること冀(こいねが)ふ可しと云はざるもの無し。」(「抱朴子」内篇 巻六 微旨)

「仁昆虫におよぶ」とは、泣かせる教えじゃねぇか。逆に、様々な悪事のうち一つでも犯した奴は、司命の神さまがその罪の軽重に随って三日あるいは三百日寿命を縮めちまう。罪に応じて縮められた寿命が余命を超えれば、その災いは死後に子孫まで及ぶのさ。ただし、かつていろんな悪事をしでかした奴でも、後で自ら悔い改めるならば結果は変わってくる。罪もない人を殺した奴は、死すべき人の命を救って償い、泥棒した奴は貧しい人々に施して償い、人を罰した奴は人を推奨して償う。やっちまった悪事に倍する善い事をするのが、「禍を転じて福と為すの道」(「抱朴子」)なのさ。
 だが、「善事は作し難く、悪事は為し易し」(「抱朴子」)。繰り返し繰り返しアンタのしでかすその悪事を悔い改め、それに倍する善事をしてゆかない限り、俺の見たところ、不老長生の神仙の道も彼岸に渡る仏の道も、アンタには長く険しい道のりだな。アンタが仙人か仏さんになった暁には、俺の居場所もなくなっちまうだろうが、それまではまだまだまだだ。五十六億七千万年かかるかもな。アンタがこの世でくたばるまで、せいぜい仲良くやっていこう。お手やわらかに頼むぜ、ブラザー。 
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝