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マダニフィストの手記2・昔話

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 俺の名はマダニフィスト。ある男の心に寄生している魔ダニだ。少し昔話をしてやろう。俺らのことを新参者と思ってる奴もいるようだが、俺らのご先祖さまは恐竜の味も知ってるんだぜ。一億二千万年前に吸ったブラキオサウルスの味は、いまだに忘れられねぇな。あの頃のおめぇらは、ネズミみたいな奴だったっけ。
 時代はずっと下って、インドでお釈迦さまの一つ前に現われた迦葉波仏の頃のことだ。何でも、その頃の人間の寿命は二万歳あったらしい。仏さんに従って醫羅樹の下で坐禅修行してたある坊さんが、経行(歩く瞑想)しようと立ち上がるたびに額に枝がぶつかるのを、いつも堪え忍んでいた。だが、あるとき奴の心が倦み疲れ、額を強打した痛みにブチ切れて枝をへし折り、投げ捨てて仏さんを愚痴った。そのおかげで、奴は死後に七頭の龍に生まれ変わったのさ。大きさは、バラナシ(ベナレス)に枕してしっぽがタクシャシラ(パキスタンのタキシラ)に届くほどだ。日本の白山頂からサハリン南部までと同じくらいのドデカさ。七つの頭には醫羅樹が生え、風に揺すられ流れ出る膿みと血。いい臭いにハエがたかりウジがわく。俺もたっぷりとご馳走になったぜ。奴は次の仏さま、つまりお釈迦さまが世に現われたのを知り、転輪聖王の姿に化けて鹿野苑で仏さんに会った。だが、たちまち正体を見破られてその姿を現わし、
「私はいつになったら、この龍身を捨てて成仏できるのでしょう」
と尋ねたもんだ。お釈迦さんはこう答えた。
「未来に弥勒仏が現われたとき、お前は授記を受けて龍身を免れるであろう」
醫羅鉢龍王の瞳に溢れた涙は十四の河川となって流れ、仏さまは
「そんなに泣くでない、国が大洪水で荒れてしまうよ」
とたしなめられた。龍王は
「私は小さな命をも害するつもりはございません。国を損ねるなど、もってのほかです」
と言い残すと、仏さんのおみ足を拝んで消え去ったのさ。「不害小命」とは、まことにもって有難い言葉だぜ。この龍王が住んでるタクシャシラ(パキスタンのタキシラ)の池は、七世紀に中国からインドへ取経の旅に出た玄奘三蔵法師も「大唐西域記」に記しているように、雨乞い晴れ乞いの霊験あらたかだった。今はもちろんイスラムの地だが、五十六億七千万年後の弥勒さんの出現まで、奴はきっと達者でいるだろうよ。因みに、猪八戒の味はうまかったなぁ。孫悟空のはまあまあで、沙悟浄のは腹こわしたよ。
 お釈迦さんの頃より少し前だったと思うが、醫羅鉢龍王より首が一本多い大蛇が日本にいた。ヤマタノヲロチって名前で、ホオズキみてぇな真っ赤な目をして頭もしっぽも八つあり、体にコケやヒノキやスギが生え、長さは八つの山谷にまたがり、腹がいつもただれてる野郎だ。俺にとっては醫羅鉢龍王に劣らぬご馳走だったが、いつものように奴が出雲の斐伊川を遡って若い娘を喰いに行ったら、天界を追放されたスサノヲノミコトって暴れん坊に退治されズタズタに刻まれてしまった。奴のしっぽの中から出てきた宝剣「草薙の剣」をスサノヲは姉御のアマテラスオオミカミに贈り、アマテラスの孫・ニニギノミコトに三種の神器(鏡と玉と剣)の一つとして与えられて以来、日本の天皇が代々受け継いでるアレさ。崇神天皇のときに 鏡と剣の形代が皇居に安置され、景行天皇の息子のヤマトタケルノミコトは東国征伐を命じられておばのヤマトヒメから草薙の剣を授かった。ヤマトヒメノミコトは、伊勢神宮を建てたお方さ。東国を平定したヤマトタケルは尾張のミヤズヒメと一夜をすごし、夜中に便所に行ったときに宝剣を桑の木にかけっ放しにしてしまった。気づいて取りに戻ると、剣は神々しい光を発していた。ヤマトタケルは草薙の剣をミヤズヒメに預け、素手で伊吹山の荒神退治に出かけた。
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が、大蛇の姿あるいは白イノシシの姿で現われた荒神を遣いっパシリと勘違いして見過ごし、山中で大氷雨にやられて遭難し撤退、鈴鹿の能褒野で

嬢子(をとめ)の 床の辺に 我が置きし つるぎの大刀 その大刀はや

と歌って事切れてしまったよ。この伊吹の神はヤマタノヲロチの霊ともいわれ、草薙の剣を取り戻そうとしてたらしい。ヤマトタケルがミヤズヒメに宝剣を預けたのは、賢明だったわけだ。草薙の剣は熱田神宮に祀られて今に至っている。そういや、伊吹山のイノシシやヘビの味は、出雲で吸ったヤマタノヲロチのに似てたな。
 寿永4年(1185)に平家が壇ノ浦で滅亡したとき、草薙の剣の形代は八歳の安徳天皇と共に海の底に沈んでしまった。
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「源平盛衰記」って本には、安徳天皇もヤマタノヲロチの化身だったと書かれてるぜ。龍宮に逝かれた安徳天皇と平家一門、そして草薙の剣の形代。ヤマタノヲロチの霊は、龍宮で安らかに眠ってるんだろうか。それとも、神代からの草薙の剣をまだ虎視眈々と狙ってるんだろうか?養老元年(717)に白山天嶺に現われた九頭龍にも奴の臭いがしたし、二十世紀に現われたキングギドラもわずかに臭う。だが、太古の醫羅鉢龍王やヤマタノヲロチのあの強烈な臭いと味が、俺は懐かしい。奴らと対峙したお釈迦さんやスサノヲさんも、偉大だった。スサノヲさんの頭には、ムカデがたくさん住んでたくらいだからなぁ。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝