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白山鳩居峯五宿巡拝~大風・豪雨の爪痕

 白山美濃馬場・白山中宮長瀧寺から尾根伝いの、古の山伏の行場「白山鳩居峯十宿」の内、五宿目までの順拝を半月ごとに行じ始めて、今月で二十四ヶ月。積雪期は二~三mの雪、無雪期は二~三mの笹藪に覆われた千三百m以上の峰々の行場を、喰わず・座らず・撮らずに順拝しておりますが、前日(9月4日)に大型の台風21号が各地に強風被害をもたらしており、越前・美濃国境の尾根を半月ごとに歩いている野人として、山上の状況をお伝えすることも皆さまのお役に立つかと思い、今回はカメラ持参で入峯しました。
 9月5日早朝、長良川沿いの国道を北上。停電で信号が消えたままの所が、何ヵ所かありました。今回の台風はスピードが速かったので、総雨量はさほどではなかったようですが、長良川はけっこう増水しています。


(下田橋付近)
凄まじかったのは風で、長良川流域でもあちこちで停電が発生しています。
 朝7時に長瀧寺着、作務衣に白足袋姿で長瀧寺に参拝。金剛童子堂の周囲に、折れた樹の枝が落ちていました。白山神社拝殿、豪潮律師宝篋印塔、長瀧寺大講堂と順拝して鳩居峯入り。前夜の雨に湿った草木に、衣が潤います。朝日に、西側の谷間にうっすらと現われたご来迎(ブロッケン現象)。


今まで、白山三所権現(御前峰・別山・大汝峰)の各山上と伊吹山の谷間で拝んだことはありますが、標高五百mほどの山麓で拝んだのは初めてです。本来誰にも具わっている仏性に、掌を合わせました。
 四十分ほどで一ノ宿(本地・不動明王)に参拝。お水を替えて勤行し、不動明王の機を受けて尾根を上へ。晴れていれば樹間に見える白山も毘沙門岳も、霧で不見。下から長良川の轟々たる川音が響いてくるのみです。越前・美濃国境尾根に出ると、頭に雲をまとった三ノ宿が望めました。長瀧寺から二時間で二ノ宿(本地・釈迦如来)参拝(正確な宿跡の位置は不明)。草木の露に衣はしっとり濡れ、湿り気と塗香の香りが、伊吹山上のお堂の中の空気を思い出させます。相変わらず霧で展望なし。勤行して三ノ宿へと縦走してゆきました。
 三ノ宿(本地・阿弥陀如来)の沢は、いつも清らかな水が流れていますが、今日はとりわけ水量豊富。沢には大きな枝が落ちています。


ジャブジャブと沢を登って水源から藪を漕ぎ、作業道に出て10時に三ノ宿三角点登頂。上空は晴れ、これから縦走してゆく西山と毘沙門岳を遥拝。毘沙門岳の背後に鎮座する白山三所権現(別山(本地・聖観音菩薩)と御前峰(本地・十一面観音菩薩)の中央奥に大汝峰(本地・阿弥陀如来))は、雲の中。北面して念仏をお称えし、今回の台風で亡くなられた方々と、7月の西日本豪雨で亡くなられた方々のご冥福をお祈りしました。三ノ宿から西山との鞍部へ下り、尾根と作業道を経て西山手前のピークへ。白山は三ノ峰と南白山はお姿を現わしましたが、別山・御前峰・大汝峰は雲隠れ。山上はけっこう涼しく、トンボが飛んでいます。西山頂への物干し竿の如き笹藪 に突入すべく、マスクと軍手と眼鏡ストラップ着用。藪中に、前日の台風で北側に折れた大木が横たわっていました。


11時半すぎに西山登頂、山頂でも、大きな樹が折れて北側に倒れ、隣の樹の枝を折っていました。


神戸から若狭湾に抜け、越前沖を通った台風は、この辺りに強烈な南風をもたらしたようです。西山から足の踏み場もない笹藪地獄を、毘沙門岳との鞍部へと降下。下ってゆくと、根こそぎ北側へ倒れた大木がありました。


周囲の笹は二mはあります。このような大きな倒木は、道なき藪中ではよい目印になります。
 12時半に多和ノ宿(本地・毘沙門天)参拝。真昼の日差しは暑いものの、風は爽やか。宿跡にて勤行を修し、毘沙門天王が天邪鬼を踏みつける機を受けて毘沙門谷を上へ。普段は水のない毘沙門谷ですが、今日は水がチョロチョロと流れていました。


谷から厳しい笹藪に突入、多和ノ宿から五十分で毘沙門岳頂に出ました。いつもなら藪から山頂に出るのですが、山頂から越美国境尾根沿いに笹が刈られていました。前回巡拝時(8月26日)には刈られていませんでした。この尾根は、私は積雪期には多和ノ宿からの上りに使うことがありますが、無雪期は多和ノ宿脇の毘沙門谷と笹藪を登っています。多和ノ宿はこの尾根から離れており、水のない沢は天然の山道だからです。また、富士山に「笹垢離」という行場があったように、笹藪の中を一心に行道することも修行だからです。尾根を歩くことが修行なのではありません。
 毘沙門岳頂から北側は、登山道があります。山道を塞ぐように、根こそぎ倒れた樹。倒れた樹の枝の奥に、三ノ峰と、雲を被った別山を遥拝。


登山道下部にも、道を塞いで根こそぎ倒れた杉がありました。


(写真手前が梢、幹の奥に根。)
やはり、北側に倒れています。旧桧峠のお地蔵さま、桧峠の泰澄大師と順拝して、15時に国坂ノ宿(本地・十一面観音菩薩)に参拝。


お堂の周囲に、折れた枝が散らばっています。十一面観音さま、即ち白山妙理大権現に観音経を読誦し、白山有縁の一切衆生の七難即滅七福即生をお祈りしました(観音経に説かれる「七難」の最初の三つは、火難・水難・風難です)。
 旧桧峠に戻って、古の白山美濃禅定道を前谷へと降下。長瀧寺から旧桧峠に上って石徹白に下り、中居神社から尾根を登り降り登り降りして大杉から神鳩宿を経、別山~白山頂へと続く長大な美濃禅定道。神鳩宿までS字形の美濃禅定道と、己字形の鳩居峯は、途中の旧桧峠で交差しています。7月初めに降り続いた豪雨で、幅七~八mにわたって崩れた山道。


昨日の台風で、床並社跡の裏山の大きな杉が根こそぎ倒れ、枝は社跡の台座にまで及んでいます。


間一髪で、石碑は無事です。床並社本地・金剛童子に掌を合わせ勤行。前谷に下ると、前日の大風で稲がかなり傾いている田んぼがいくつか見られました。国道156号線、悲願寺の北側の法面。


7月初めの豪雨で崩壊し、未だ工事中。長良川沿いに車線が新設され、道路は両方向とも通行可能になりました。
 悲願寺から長良川を渡り、駒の尾滝(千城ヶ滝)の不動明王に参拝。台風後とあって、すごい水量です。


すでに17時をまわり、夕日に照らされつつ林道を上へ。鉄塔巡視路を登ってゆくと、折れた樹が道を塞いでいました。


さらに、鉄塔の少し下で巨大なアカマツが根こそぎ北側へ倒れていました。


さすがに倒木をまたぐこともくぐることもできず、迂回。アカマツと一緒に、周囲の樹も共倒れ。


鉄塔より大日ヶ岳と仏岩を遥拝し、御坊主ヶ洞へと向かいました。
 御坊主ヶ洞へと下る途中、大きな杉が根こそぎ倒れ、谷の向こうに引っかかっています。


戦国時代、大永・享禄の頃(1521~32)に長瀧寺の敬愚比丘が焼身供養を行じられた、御坊主ヶ洞の見附ノ大岩に参拝。


杉の枝等が落ちています。お水を替え、西面して念仏をお称えし、今回の台風と7月の西日本豪雨で亡くなられた方々の菩提を弔いました。見附ノ大岩から下ってゆくと、7月の豪雨時に土石が流れた跡の上に、昨日の台風で高木が倒れていました。


御坊主ヶ洞下部の砂防堰は、土石が満タンで危険です。


18時半に長瀧寺に戻りました。すでに薄暗くなっていました。入峯から十一時間半。今日も、気温の上がった午後からペースが落ちました。
 帰路、長良川沿いの国道を南下中、コンビニに寄ると、弁当もおにぎりもサンドイッチも全くありませんでした。別のコンビニも、弁当は残っていましたが、おにぎりやサンドイッチ、パン類も空っぽです。郡上市内ではまだ停電が復旧していない世帯が多数あり、今晩(9月5日)も復旧できないそうです。大風による停電はコンビニ側の商品流通にも、客側の心(買い占め欲)にも、影響を与えたようです。
 2月の豪雪、7月の豪雨とその後の熱波、そして今回の大風・・・。山上の様子も昨年までとだいぶ変わってきています。アフガニスタンで農業用水路の建設を続けておられる中村哲医師の講演を、二年前(2016年)に聞きましたが、中村先生は「人間と自然がいかに折り合っていくか」と述べておられました。地球温暖化は、ある意味、人類の過去の行為の結果であるといえましょう。ご先祖さまを責めたところで、どうにもなりません。自然の側からすれば、なるようになっているだけです。この因縁果報と、どう向き合ってゆくのか、どう折り合いをつけてゆくのか。自分だけでなく、皆が助かるにはどうしたらよいのか。今年の様々な災害は、私たちに多くの経験と課題を与えています。

灯が消えた時、闇の中に飛び込めば、見えてくる。
灯が消えた時、疑うなかれ、僕らそのものである灯を。
(U2「ブラックアウト」)
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝