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平泉寺~白山越前禅定道登拝・上

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(小原峠より拝む白山三所権現)

 白山越前馬場・中宮平泉寺から白山天嶺に登る白山越前禅定道は、養老元年(717)に泰澄和尚が登拝し白山三所権現を開いたと伝わる「白山本道」です。2012年6月4日に伏拝~経ヶ岳北岳~赤兎山~小原峠(おはらとうげ)経由で登拝し、2017年6月4日には伏拝から妙見坂を下って小原峠を越える古の禅定道を歩いて登拝しました。2019年6月4日、二年ぶりに平泉寺から古の白山越前禅定道を登拝してきました。
 朝4時、泰澄大師廟に掌を合わせて白山平泉寺に参拝。
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泰澄和尚が白山妙理大権現のご神託を受けたと伝わる御手洗池(平泉)にて般若心経をお唱えし、白山三所権現王子眷属を供養。
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「我レ天嶺ニ有ト雖モ恒ニ此ノ林中ニ遊ブ。此處ヲ以テ中居ト為シ、上ミ上皇ヲ護リ、下モ下民ヲ撫ヅ。吾身ハ乃チ伊弉諾尊ト是也。今ニハ妙理大菩薩ト号ス。本地ノ真身ハ天嶺ニ在リ、往キテ礼スベシ」(平泉寺の「白山権現講式」、明応9年(1500)平泉寺中宮別当権大僧都豪仙が書写したものを享禄3年(1530)に書写、大原勝林院所蔵(川口久雄「山岳まんだらの世界」所収))

平泉寺「白山権現講式」のこの部分は「泰澄和尚伝記」の正確な抜粋ですが、この「白山権現講式」には伊弉諾尊の「諾」に「ナミ」とフリガナがされています。白山妙理大権現の垂迹のお姿は日本の父・伊弉諾尊(イザナギノミコト)と日本の母・伊弉冊尊(イザナミノミコト)の

「一陰一陽之明神」(「白山権現講式」)

なのでした。
 御手洗池から東へ上ると、正面に拝殿、向かって左に今宮。
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現在今宮神社のある辺りにかつては大講堂(中堂)が建ち、ご本尊・薬師如来が祀られていました(「和漢三才図会」)。かつての今宮は現在の歴史探訪館辺りに建ち、平泉寺から白山天嶺までが描かれている「白山参詣曼荼羅図」(丸岡・国神神社所蔵、室町時代)には

「今宮第一王子」

と記された男神が描かれています。「白山権現講式」は、白山三所権現(大宮妙理権現・大己貴権現・小白山別山大行事権現)および王子眷属(六所王子(佐羅王子・三ノ宮王子・加宝王子・禅師王子・金劔王子・兒宮王子)、一万眷属妙吉祥、十万金剛童子、五万八千釆女)を讚歎し礼拝する法要ですが、曼荼羅図の「今宮第一王子」は六所王子の「佐羅王子、本地毘沙門天王」のことでしょう。白山明神と近江の辛崎明神(唐崎明神)の子で、近江・越前境の荒地中山(愛発山)で生まれた王子です(「白山大鏡」「義経記」)。今宮神社、拝殿と順拝して拝殿後ろの白山三社(白山三所権現)に参拝。中央に大宮妙理権現(御前峰、本地十一面観音菩薩、垂迹伊弉冊尊)。向かって左に大己貴権現(越南知権現)(大汝峰、本地阿弥陀如来、垂迹大己貴命)。右に小白山別山大行事権現(別山、本地聖観音菩薩、垂迹天忍穂耳尊)。かつては、この三社の左に加宝王子(本地虚空蔵菩薩、垂迹彦火々出見尊)、右に金劔王子(本地不動明王、垂迹瓊瓊杵尊)が鎮座していました(「越前国名蹟考」)。三所権現と二王子を供養し、東上。三ノ宮王子(本地如意輪観音菩薩、垂迹高皇霊神)(「越前国名蹟考」)を拝んで裏山へと登ってゆきました。
 4時半すぎに剣ノ宮に参拝。
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早朝とはいえ、いきなりの急登で汗ダクです。三頭山からは快適な道、右手の樹間に越前大野の飯降山や銀杏峯・部子山。
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6時に中ノ平(釈迦ノ原)着。古図には「水呑」と記されてあり、白山美濃禅定道の「水呑権現」(本地・お釈迦さまの誕生仏)を思わせます。六所王子の児宮王子が祀られていたのでしょう。白山三所権現・六所王子は白山三馬場(越前・加賀・美濃)で共通して信仰され祀られていたのみならず、比叡山にも客人権現・六所王子として勧請され(「日吉山王知新記」)、豊前の求菩提山(くぼてさん)にも勧請されていました(「求菩提山縁起」)。法恩寺山から差す朝日を拝み、山道を上へ。
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泰澄大師の前に法華経を読誦する老翁が現われたという法音寺跡にて法華経如来寿量品偈を読誦。
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ウグイスの題目聞きつつ7時前に法恩寺山に登り、これから越えてゆく小原峠(大長山と赤兎山の鞍部)の彼方に白山三所権現を遥拝しました。
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大長山の後ろに大汝峰と御前峰、小原峠の向こうに別山と三ノ峰。7時に伏拝着。二年前(2017年6月)は此処からの急峻な下りは藪でしたが、その後、藪が刈られたようです。2017年は白山開山千三百年だったので古道の藪を刈ったのでしょう。白山美濃禅定道でも、石徹白の中居神社から美女下社跡までの藪が刈られて歩きやすくなりました。
 藪漕ぎ覚悟で来たので拍子抜けでしたが、十日ほど前の白山美濃禅定道登拝(長瀧寺から大汝峰まで片道十八時間)の疲労がまだ残っており、有難く道を下ってゆきました。樹間に拝んだ御前峰と大汝峰。
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立派な標柱も建っています。
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が、道はまだまだ整備中で、急斜面では藪が刈られて掴まる処がなく、危険です。九頭龍を想わせるギンリョウソウを拝み、鎖に掴まりながら七難ノ岩窟を降下。
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途中、鎖を固定した部分が崩落して宙ブラリンになっている処がありました。
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二年前は妙見坂から谷を下って祓川に着水したのでしたが、刈り跡は急峻な山腹をトラバースしつつ降下。
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8時に祓川に下り、汗を流して喉を潤し、妙見菩薩に感謝しました。
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 小原林道を、只管上へ。林道は日向は暑いですが、日かげはそよ風もあり涼しいです。早内森(わさもり)を経て後方に伏拝や経ヶ岳北岳を遥拝しつつ一心に行道。
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9時半に赤兎山・大長山登山口(温川(ぬるまがわ))着、山道を登って10時に小原峠(雉子上、雉神)に出ました。
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泰澄大師が三足の白雉に導かれたと伝わる処です(「越前国名蹟考」)。峠から拝んだ白山三所権現(巻頭写真)。二年前に比べ、小原峠から川上御前への下りは倒木が増えたよう。北東に白山と、市ノ瀬に下ってから登ってゆくヤセ尾根を遠望。
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10時半、川上御前に参詣。
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「越前国名蹟考」に、平泉寺の本社、即ち大宮妙理権現は

「伊弉冊尊本地十一面観音 比咩神とも川上御前とも称す」

とあり、川上御前は白山妙理大権現と同体のよう。川上御前は、平泉寺と並ぶ越前白山信仰の拠点であった丸岡の豊原寺にも祀られています。川上御前ご宝前で勤行を修しました。
 権大納言・藤原能信(長徳元年(995)~康平8年(1065))作と伝わる「白山大鏡」に、泰澄和尚が養老元年(717)に白山三所権現を開いた後、三つの道を開かれたことが記されています。「正面南之道」は平泉涌出神宮道・正法明如来之道・成道転法輪之道であり、「別山東之道」は征伐之道・初地之薩埵之道・菩薩説法之道。「越南智之西道」は平異国之道・等覚菩薩道・証菩提之道。つまり、越前禅定道は「正法明如来之道」、美濃禅定道は「初地之薩埵之道」、加賀禅定道は「等覚菩薩道」。「初地」とは、菩薩が修行して仏となるまでの五十二位(十信・十住・十行・十廻向・十地・等覚・妙覚)のうち、十地の一番初めの「歓喜地」のこと。等覚は、妙覚(仏)に到る直前の位の菩薩です。そして、「正法明如来」とは・・・中国北宋代の天台僧・四明尊者(知禮)(960~1028)の「千手眼大悲心呪行法」に

「南無過去無量劫正法明世尊」
「南無過去正法明如来現前観世音菩薩」

とあります。道元禅師の「正法眼蔵観音」(仁治3年(1242)示衆)にも

「大悲菩薩といふは、観世音菩薩なり、観自在菩薩ともいふ、諸仏の父母とも参学す、諸仏よりも未得道なりと学することなかれ、過去正法明如来なり。」

とあります。十五世紀の詩僧・万里集九は越後・能生の太平寺(現・白山神社)滞在中に

「昔之正法明如来、生ヲ度センガ為ニ菩薩身ヲ現ズ」

と記し、

「圓通觀自在ハ今ノ柳 正法明如来ハ昔ノ花 今ノ柳ト昔ノ花ト總ベテ無二」

と吟じています(「梅花無盡蔵」)。正法明如来とは、相手に相応しい姿を自在に示現して人々を救われる観音さまの過去身であり、妙覚の仏さまに他なりません。

「外現ヲ謂ヘバ一陰一陽ノ明神タリト雖モ、内證ヲ尋ヌレバ、等覚妙覚之尊容也。」(平泉寺の「白山権現講式」)

初地の菩薩・等覚の菩薩・妙覚の仏、伊弉諾尊・伊弉冊尊・菊理媛神、白山比咩神、妙理大菩薩、仏法大棟梁、川上御前、客人権現、貴女、九頭龍王等々、名を変え身を変え品を変え自在に示現される白山妙理大権現のお姿は、どれも「過去正法明如来現前観世音菩薩」そのものです。そして、「白山本道」である白山越前禅定道とは、「正法明如来之道」なのでした。
(続く)

      
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝