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長瀧寺~白山美濃禅定道登拝・中

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(神鳩付近より拝む別山)

(承前)
 5月23日朝8時半すぎ、長瀧寺から六時間で石徹白大杉着。大杉から上は、しっかりとした登山道です。おたけり坂を登って振り向き、かむろ杉越しに毘沙門岳と西山を遥拝。彼方には滝波山、美濃平家岳、平家岳。
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左手に母御石山を見上げつつ行道。
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10時に神鳩(かんばた)の避難小屋に着き、神鳩社跡に参拝しました。
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此処は、長瀧寺から今私が歩いている白山美濃禅定道と、長瀧寺から尾根伝いに続く古の山伏の行場「鳩居峯」の合流点。

「上鳩に不動を安置す。此室長滝寺の行人山伏篭る。」(野路汝謙「白山紀行」)

「鳩居峯八堂之本尊(中略)神鳩 虚空蔵菩薩」(「長瀧寺神社仏閣記録」)

「白山御躰之事(中略)神波田 両童子」(「長瀧寺真鑑正編」、長瀧寺真如坊伝来の白山曼荼羅)

神鳩から少し登ると、お姿を現わした別山(巻頭写真)。別山大行事本地・聖観音菩薩、垂迹・天忍穂耳尊(アメノオシホミミノミコト)を拝み、母御石を経て涼しい西風の中、銚子ヶ峰へと登ってゆきました。
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 11時に銚子ヶ峰登頂。これから歩いて行く一・二・三ノ峰と、別山を遥拝しました。
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「桃子之岑 是を陽の峯といふ、大御前に胎内潜り是を陰の峯といふ、父母の陽門陰門是なり是初登山の道者行場なり」
(「白山名所案内」(安永6年(1777)))

白山の道者にとって、白山頂・御前峰が「陰の峯」であるのに対し、銚子ヶ峰は「陽の峯」であったようです。銚子ヶ峰から北へ縦走、山道は処々残雪に覆われています。
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正午、一ノ峰登頂。
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真昼の陽射しに、大きなハクサンマイマイも首を引っこめています。
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西風の中、二ノ峰を経て水呑権現社跡に参拝。
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「三の峰に水飲王子あり。是も山上の六所の王子のひとつなり。」(野路汝謙「白山紀行」)

水呑権現の本地はお釈迦さまの誕生仏。白山の六所王子とは、白山越前馬場・平泉寺の「白山権現講式」(享禄3年(1530)書写、大原・勝林院所蔵)に

「佐羅王子、本地毘沙門天王也。」
「三ノ宮王子、本地如意輪観音也。」
「加宝王子、本地虚空蔵菩薩也。」
「禅師王子者、地蔵菩薩応迹也。」
「金剱王子者、不動明王権排也。」
「兒宮王子者、尺迦因行、儒童化現也。」

とあり、白山三馬場(越前・加賀・美濃)でそれぞれに祀られていたのみならず、比叡山の山王七社の一つ・客人宮(現・日吉大社の白山宮)にも「客人六所王子」として勧請され(「日吉山王権現知新記」)、さらに豊前の求菩提山(くぼてさん)にも「当山所属霊峯六所権現」として勧請されています(「求菩提山縁起」)。白山三所権現(白山妙理大権現・別山大行事権現・白山越南知(大己貴)権現)と白山六所王子、さらに一万眷属妙吉祥、十万金剛童子、五万八千釆女といった眷属たちを礼拝供養することこそ、白山入峯修行の本義といえましょう。美濃禅定道の水呑権現即ち児宮王子(ちごのみやのおうじ)・本地お釈迦さまを供養し、三ノ峰の雪の壁を上へ。
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雪の表面は緩んでいましたが、念のためアイゼンを履きました。
 三ノ峰避難小屋に登ってアイゼンを外し、13時半すぎに三ノ峰登頂。
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聳え立つ別山(本地聖観音菩薩、垂迹天忍穂耳尊)の肩越しに山頂御前峰(本地十一面観音菩薩、垂迹伊弉諾尊(イザナギノミコト)・伊弉冊尊(イザナミノミコト))、さらに奥に大汝峰(本地阿弥陀如来、垂迹大己貴命)の白山三所権現を遥拝。14時半、別山平より別山を拝みました。
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御手洗池は、まだ雪の下です。別山の尾根を上へ。
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15時に別山登頂。
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長瀧寺を出発してから十二時間半。二年前(2017年7月)とほぼ同じペースですが、今日は天候に恵まれ、日没頃には御前峰まで行けそうです。
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別山社にて般若心経をお唱えし、本地聖観音菩薩・垂迹天忍穂耳尊を供養。御前峰と大汝峰を目指し、尾根の残雪をサクサクと歩いてゆきました。
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大屏風は山道がけっこう現われています。
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16時半に油坂ノ頭着、まだ一面雪に覆われた油坂を、ジグザグに下ってゆきました。
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 赤谷(畜生谷)に下りると、谷は雪に覆われていました。
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水を補給するつもりでしたので、谷を少し遡ると、雪の下を水が勢いよく流れていました。
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「白山名所案内」(安永6年(1777))には

「参詣の道者此水を呑ばくるしみを受る迚(とて)恐れをなす」

とありますが、「白山草木志」(文永5年(1822))には

「此川にて行者こりをとる」

とあります。油坂ノ頭から室堂平への美濃禅定道が尾根を通らず、わざわざ油坂を赤谷まで下っているのは、御前峰に登る前に行水して垢離を取り、お水を汲むためでもあったのではないでしょうか。「赤谷」は「閼伽」を汲む谷であったのかもしれません。お水を汲んで馬頭観音さまに感謝し、17時半に南竜ヶ馬場に出ました。
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「竜が馬場の王子とてあり。長滝寺の行者共山上行法の六所王子の其一つなり。」(野路汝謙「白山紀行」)

 アイゼンを履き、雪の斜面を一心に上へ。
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18時半すぎに室堂平に出ると、山道にウソがいました。嘯(うそ)とは、口笛を意味します。
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夕焼けの室堂。
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夕暮れの山上は、さすがに寒いです。山頂まであと一息。高天ヶ原にて天照大御神を拝み、山頂へ。
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「高間ヵ原は、即ち大御前下の段である。(中略)日ノ新宮という。天照太神のよし。ウホウ童子というような御姿。」(「白山参り」(文化4年(1807)、悲願寺住職))

天照大御神は別山の祭神・天忍穂耳尊の母。そして山頂・大御前の祭神は、天照大御神の両親・伊弉諾尊と伊弉冊尊です。ヘッドランプを点けて登り、19時半、御前峰に登頂しました!
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白山妙理大権現ご宝前で観音経を読誦。長瀧寺を出発してから十七時間。二年前(2017年6月)に白山越前馬場・平泉寺から白山越前禅定道を登拝した時は、此処まで十三時間半でした。やはり、美濃禅定道は長大です。西側には勝山や福井の夜景。
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北には、大汝峰の山かげの後ろに加賀の夜景。
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今日は十九夜の「臥待月」、日が暮れてからしばらくは月のない暗い夜。六道地蔵から千蛇ヶ池のほとりの雪上を歩き、大汝峰の岩を登ってゆきました。
(続く)

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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝