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白山加賀禅定道登拝・下

(承前)
 4月18日10時に大汝峰登頂。暖冬だったとはいえ、四月の白山はまだ雪だらけ。翠ヶ池は雪の下です。
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山頂部は冷たい北風。雪上をサクサク歩けるようなら御前峰まで行くつもりでしたが、大汝峰からの下りの岩場は雪に覆われ、表面には新雪。処々ズボッと踏み抜きます。日暮れまでにはハライ谷に降りたいので、今回は大汝峰までで下山することにしました。大汝社に戻り、南に御前峰と別山を遥拝。
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彼方には白山美濃馬場・長瀧寺の古の山伏の行場・鳩居峯の山並と、高賀の山並。養老元年(717)に白山に三所権現を開かれた泰澄大師は、御前峰に十一面観音菩薩、別山に聖観音菩薩、大汝峰に阿弥陀如来を祀り、それぞれの垂迹神を御前峰=伊弉諾尊(イザナギノミコト)・伊弉冊尊(イザナミノミコト)、別山=天忍穂耳尊(アメノオシホミミノミコト)、大汝峰=大己貴命(オホナムチノミコト)とされました。日本の父母である伊弉諾尊と伊弉冊尊を、天照大御神の御子である天忍穂耳尊と、須佐之男命の子孫で婿である大己貴命(大国主神)が補佐するという構図は、陰と陽、幽と顕の均衡の象徴と見ることができます。神融禅師とも呼ばれた泰澄大師は、神と仏の融和だけでなく、神と神との融和の象徴を白山に見出だしたのでした。
 大汝峰より、北東に奥三方岳、彼方に立山を遥拝。
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白山大汝峰の本地仏は阿弥陀如来、祭神は大己貴命ですが、立山の本地仏も阿弥陀如来、立山にも大汝山があります。極楽浄土の救い主・阿弥陀さまと、出雲に大社を造営することを条件に天照大御神の子孫に国譲りをし、幽世の神となられた大己貴命。この二尊を習合させ越南知権現として祀った泰澄大師の、有難さ。私にとって極楽浄土と黄泉の国は、別のものではありません。西面して極楽浄土と大社を遥拝しました。
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 11時に下山開始。七倉山から四塚山へと、自分の足跡辿って縦走。
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七倉山からは、アイゼン外して降下。四塚山より見下ろした中宮。
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気温は高めですが次第に雲が出、ひんやりとした西風。持参した飲料が尽きてからは、白山の雪を容器に入れて行道。13時すぎ、2158m峰で容器の雪を融かそうと上空のお日さまを見上げると、お日さまを大きな暈が取り巻いていました。
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太陽を拝み、天池へと縦走。
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14時すぎ、いよいよ美女坂の下りです。
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晴天に雪も緩み、踏み抜いたり滑落する恐れもあるこの時期の美女坂を見下ろしつつ下るのは、心臓に決してよいとは言えません。三十分ほどで無事に鞍部に降下。
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下ってきた美女坂を見上げました。
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15時に奥長倉避難小屋着、中宮や大笠山・笈ヶ岳を望みつつ尾根の雪庇を縦走。
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緩んだ雪庇にズボッと足がはまります。
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さすがに疲れましたが、太陽と大汝峰が見守ってくださっていました。
 17時、無事にしかり場着。歩いてきた尾根の彼方に、四塚山、七倉山、そして大汝峰。
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越南知権現とお日さまのご加護を感謝し、檜新宮からハライ谷登山口へと下ってゆきました。
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18時すぎ、ハライ谷の向こうの尾根に沈む夕日。
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18時半に登山口に降り、県道を歩いてハライ谷を渡ると、東の空に満月が昇っていました。
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太陽とお月さま、そして白山権現王子眷属に掌を合わせ、真っ赤に焼けた顔で帰路につきました。
 この半年間、各地の峰々や寺社を巡礼してきましたし、今後も巡礼してゆくことでしょう。それらはすべて、白山登拝の前行であること、すべての道は白山に通じていることを、白山狂たる私は再認識したのでありました。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝