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借銭ばらい

 ここ数年、季節の変わり方が急で、季節の変わり目は身心の調子が崩れがちです。こういう時に気分を滅入らせるような嫌なことが起こると、さらに調子が狂って落ち込んでゆくことになります。
 9月21日は、車をとある駅前の駐車場に停め、電車で京都の寺院に行く日でした。出発前、仕事用に使っていたカバンのジッパーが壊れているのを発見。何回か自分で修理したことはありましたが、完全に壊れて開きっ放しです。やむを得ず、捨てることにしました・・・。
 電車の中で、持ってきていた「驢鞍橋」(江戸時代前期の禅僧・鈴木正三和尚の言行録)を読んでいたら、達磨大師の「少室六門集」にある「報寃行」についての教えがありました。

「云何なるか報寃行。謂はく修道行人の若し苦を受くる時、当に自ら念言すべし。我れ往昔無数劫中より、本を棄て末に従い、諸有を流浪して、多く寃憎を起して、違害限りなし。今、犯すことなしと雖も、是れ我が宿殃の悪業果熟す。天に非ず、人の能く与うる所に非ず。甘心忍受して、都て寃訴なし。・・・(以下略、原漢文)」
「師、衆に向いて云はく、此の段一口に云て看よ。衆無語。師便ち云はく、借銭ばらい也。又曰く、何たる苦を受るとも、是れ過去の借銭をなして隙を明ると思ば、却て喜びなるべし。何んの苦みか有んやと也。」(「驢鞍橋」)

 さて、夜中、電車で帰って来、駐車場から出ようと出口の精算機に万札(千円札がなかったので)を入れると、戻ってきてしまいます。万札は使えないとのこと!車をバックして再駐車し、近くのコンビニへと走りましたが、慌てていたため、駐車券を精算機に入れたままでした・・・。千円札を手に再び精算機へ車を進めると、駐車券がありません!コンビニに寄っている間に、誰かが精算して出て行ってしまったようです。駐車券を紛失した場合、五千円払わなければ出られないのでした・・・。悔しさと腹立たしさ、それよりも、情けなさ、気分の落ち込み・・・。千円札五枚入れて駐車場を出てからも、しばらく無灯火運転であることに気付かぬほどでした。
 ドン底気分で運転しているうちに、ふと、電車で読んだ鈴木正三道人の教えが思い出されました。

「何たる苦を受るとも、是れ過去の借銭をなして隙を明ると思ば却て喜びなるべし。」

苦しみは天が与えたわけでも、人が与えたわけでもなく、自分の悪業の果報が熟したもの、と受け取れば、己れの業障を尽くすよい機会となります。この数ヵ月、半年、一年の間、人に辛くあたったことはなかったか?自画自賛して他人を謗ったり、怒りにまかせて乱暴な言動をしなかったか?毎月の山での順拝行中、余計なことを考えていなかったか?人から物をもらいっぱなしにしていないか?白山妙理大権現は、すべてお見通しです。己れを省みるなら、借金を五千円返したようなもの、自業自得としか言いようがないのでした。
 お寺や山で修行して、いい気分になったからとて、人間、なかなか変われるものでないことは、娑婆の現場に戻ってみればよく分かります。娑婆の苦しみを逃れて山に行くのだとしたら、娑婆の方がよっぽどよい修行場かもしれません。山でも娑婆でも、苦しみにぶち当たったら、「報寃行」、即ち「借銭ばらい」と受け止めて、寃(うらみ、あだ)を体解して道に進んでまいろうと思います。


(月光環、9月17日山県市にて)
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝