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福井八幡山~小羽山~越知山登拝2

(承前)
 3月6日10時前、大森の賀茂神社から滝波川沿いに上流(西)へ。犬飼大明神、五智如来、西徳寺と順拝。
滝波
滝波
犬飼大明神は賀茂神社の末社、五智如来は行基菩薩の作、西徳寺は泰澄大師が遷化された越知山大谷寺の一千坊の一つと伝わります。さらに上流へと歩を進め、10時半すぎに滝波ダムの奥に金毘羅山を遥拝。
滝波
延々と滝波川沿いに登り続けて11時に白滝の少彦名神社に参拝しました。
白滝
少名毘古那神は神産巣日神(かみむすひのかみ)の子で、大国主神が出雲の美保岬にいた時に「天の羅摩船(あめのかかみふね)」に乗ってやって来た神。大国主神の国作りを補佐し、常世の国に渡った神さまです。白滝から西へ足を進め、宿堂へ。防空壕?のような洞。
宿堂
11時半に宿堂の八幡神社に参拝しました。
宿堂
「越前国名蹟考」に、

「宿堂村○越知山の麓にして福井より越知参詣には此村より別畑へ懸りて独鈷水へ上る坂道嶮岨なり」

とあります。宿堂という名は、古の山伏の行場を思わせます。かつての越知山の行者たちも、此処に参詣してから越知山に登拝していたのでしょうか。宿堂を境に東側の谷水は日野川に注いで三国へと北流し、西側の谷水は大味川(おおみがわ)となって越前海岸に降下します。
 越知山には2014年11月に小川道(行者道)を登拝しましたが、宿堂~別畑からは初めて。古道が残っているのかも分かりません。別畑へ歩を進めてゆくと、沢沿いに切り立った尾根が続いています。何かが「ビイ~ィ」と鳴く声が響いており、よく見ると、崖の樹上に大きな鳥が止まっています。サシバのようです。掌を合わせ、さらに上流へ。正午、神社に参拝。
別畑
山側に道?らしきものが見えたので、此処から尾根に付くことにしました。尾根上に出ると、藪中のぬかるむ土に獣の足跡が続いています。
越知山
一頭二頭ではなさそう。やがて、前方を雌鹿の群れが白いお尻をみせながら走り去ってゆきました。鹿の足跡。
越知山
尾根の藪は野人にとっては歩けないほどではないものの、ぬかるむ足元をズックで歩き続けるのは少々難儀。尾根も分かりづらく、13時、沢に下ってしまいました。
越知山
沢の向こうには砂防堰。どこなのかさっぱり分からず、沢を渡って堰から再び尾根に付きました。時折、鹿のメタリックな鳴き声を聞きつつ、ぬかるむ小籔のヤセ尾根を一心に行道。13時半、北麓に集落が見えました。尼ヶ谷の集落のよう。
越知山
犬のようなカモシカの声聞きつつさらに縦走すると作業道に出、やがてようやく登山道七合目付近に合流。予定より大幅に時間がかかり、ポツポツ降り始めた雨の中、山頂へと急ぎました。
越知山
 14時半、微雨の中、山頂の越知神社に参拝。
越知山
越知山三所権現の本社です。「越前国名蹟考」には

「本社 祭神伊弉諾尊本地十一面観音
越南知都卒内院 祭神大己貴命本地阿弥陀
別山大行事 小白山本地正観音」

とあり、白山三所権現と全く同じです。「泰澄和尚伝記」によれば、越の大徳・泰澄和尚は越知山東方の麻生津(あそうず)の出身、14歳の時(持統天皇9年(695))から越知山で修行を始め、35歳の霊亀2年(716)、夢に現われた貴女が
「我ガ霊感ノ時ハ至レリ、早ク来ルベシ」
と告げたのでした。そして翌養老元年(717)、貴女の姿で現われた伊弉諾尊(イザナギノミコト、男神)のお告げに順って白山に登り、白山三所権現を開かれたのでした。社伝によれば、泰澄大師が越知山に三所権現を祀ったのは養老2年(718)。前年に白山に開かれた三所権現を勧請したのでしょう。本殿の前にはわずかな残雪。
越知山
勤行を修して室堂へ下り、護摩堂前の宝篋印塔に宝篋印陀羅尼をお唱えしました。
越知山
宝暦6年(1756)の宝塔です。さらに大師堂、神宝庫と順拝して奥之院(越南知社)に参拝。
越知山
本地・阿弥陀さまに念仏をお称えし、垂迹・大己貴命(大国主神)の幸魂奇魂(さきみたまくしみたま)にお祈りしました。出雲に大社を造営することを条件に、顕露の事を天つ神に譲って幽事を治める大神となった大己貴命の本地を、来世の救い主である阿弥陀如来と感得された泰澄大師の有難さ。北から大汝峰(越南知権現)・御前峰(白山妙理大権現)・別山(別山大行事)と並ぶ白山三所権現と同じく、越知山三所権現も北から越南知社・本社・別山社と並んでいます。白山妙理大権現の垂迹神は伊弉諾尊と伊弉冊尊。日本の父母である陽神(をかみ)と陰神(めかみ)を、須佐之男命の子孫で婿の大己貴命(越南知権現)と天照大御神の御子・天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと、別山大行事)が補佐するという三所権現の構図は、陰陽・幽顕・無意識と意識の、対立と調和を表しています。
 越南知社前より、今朝から歩いてきた方面を遠望。
越知山
彼方の白山三所権現は今日はよく見えません。南東には、昨日越知山を遥拝した鯖江の長泉寺山の彼方に、部子山と銀杏峯が拝めました。
越知山
本社に戻って、南の別山社に参拝。
越知山
本地・聖観音菩薩、祭神は天忍穂耳尊。15時、小羽山近くのスーパーセンター・プラント発最終バスに間に合うべく、小川登山口への山道を駈け下ってゆきました。起伏のある山道を独鈷水方面へ行道。東側の展望が開け、長泉寺山、部子山・銀杏峯、泰澄大師の故郷・麻生津、永平寺周辺の山並、その後ろには経ヶ岳と白山越前禅定道の法恩寺山。
越知山
15時半に独鈷水着、泰澄大師が独鈷で岩を突くと湧出したという霊水をいただくと、黄泉がえりました。
越知山
一心に下って16時に小川登山口着、越知川沿いに下って金堂(こがねどう)に参拝。
越知山
「泰澄和尚伝記」に、和尚が14歳のとき(持統天皇9年(695))、毎晩「越知峯坂本ノ巌屋内ニ入リ」、十一面観音さまを数百遍礼拝してから越知山に登っていたとありますが、此処がその巌屋とのこと。越の大徳・泰澄和尚は、少年時代から十一面観音さまの行者だったのでした。
 越知川沿いに八王子神社に参拝して下り、大森~小羽方面への県道を北東へと行道。
越知山
雨が降ってきました。17時半すぎ、前方に小羽山が見えてきました。
小羽山
小羽山の四隅突出型墳丘墓を遥拝して志津川を渡り、スーパーセンターへとダッシュ。
小羽山
18時すぎに無事バス停着、白山権現王子眷属と越の大徳・泰澄神融禅師、および今回の巡礼でも度々拝んだ出雲ゆかりの神々のご加護に心から感謝しつつ、帰路につきました。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝