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不害小命


 泰澄大師が白山を開山されたのは養老元年(717年)、白山頂翠ヶ池にて念誦をしていると、そこに九頭龍が現れ、さらに十一面観世音菩薩が示現したといいます。
 泰澄大師が写された「根本説一切有部毘奈耶雑事」という律蔵がありますが、その中に次のような話があります。
 昔、インドのタクシャシラ国(今のパキスタン、タキシラ)に、エーラーバットラ龍王という、七頭の龍がいた。頭上に木が生え、膿血が流れ、体は蝿や蛆にたかられている。この龍王の前生は、出家した僧侶であった。木の下で坐禅をし経行(きんひん)をして、修行に励んでいたが、ある日、経行をする為に坐より立った時、額に木の葉が当たったことに腹を立て、木の枝を折ってしまった。その悪業の報いにより、このような龍身に生まれ変わった。エーラーバットラ龍王は、お釈迦様に、私はいつ、この龍身を捨てて成仏できのでしょうか、と尋ねた。すると、釈尊は、五十六億七千万年後、弥勒仏が下生された時に、汝に授記をされ、龍身を免れるであろう、と言われた。龍王の十四の瞳から、大河の如き涙が流れた。釈尊は、泣くのを止めよ、国土が破亡してしまうではないか、と諭した。龍王は、「私は、小さき命をも害うつもりはありません、況んや国を損ずることをや。(而我本心 不害小命 何況損国)」と言い、釈尊のみ足を礼拝して去った。
 仏教の戒律の第一は、不殺生、不害ということであります。一時の怒りから、草木を一本折っただけでも、これほどの報いを受けなければならない・・・白山を登拝する者として、この教えはしっかりと心に刻まねばなりません。
 不殺生、不害とは、命を害さない、というだけではありません。人の健康を害さないことであり、人の心を害さないことであり、生態系を害さないことであり、遺伝子を害さないことであり、環境を害さないことであり、宇宙を害さないことであります。
 コンビニエンスストアでは、普段、割り箸を当たり前のように「サービス」していますが、私はいつも、「箸はいりません」と断っています。東日本大震災による物資不足をきっかけに、ようやく、箸や袋についての自覚も芽生えてきているようです。
 困難な状況を前にして、ただ祈るだけでなく、脚下から、自分の生活を省みなければならないと、実感しています。
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Haxanjunrei

松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝