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共生



 今から1300年前の711年4月28日、イスラム教徒が北アフリカからスペイン・アンダルシア地方に上陸し、以降、イベリア半島のイスラム王朝で800年近く続く、イスラム教徒・キリスト教徒・ユダヤ教徒の「コンビベンシア(共生)」が始まりました。
 同じ頃、日本では泰澄大師が白山を開山(717年)、山頂部の翠ヶ池にて十一面観世音菩薩を感得し、山に神と仏が共生する「神仏習合」が始まっています。
 イベリア半島での「コンビベンシア(共生)」の始まりは、また、キリスト教国による「レコンキスタ(国土回復)」の始まりでもありました。最後のイスラム王朝・グラナダ王国は、1492年のアルハンブラ宮殿陥落で滅亡しましたが、異なる宗教・文化の共生の歴史は、今に到るまで、スペインの文化に大きな影響を及ぼしています。
 一方、日本における神仏の共生は、明治元年(1868年)の「神仏分離令」により、仏・菩薩が日本の神々の姿をとって現れたことを示す「権現」の神号は廃され、白山でも、御前峰山頂の十一面観世音菩薩像、大汝峰山頂の阿弥陀如来像、別山山頂の聖観世音菩薩像を始めとする、全ての仏像が撤去・下山させられたのであります。
 711年、イスラム教徒がイベリア半島に上陸したのと時を同じくして、インドのインダス河下流域にもイスラム教徒が侵攻しています。以降、インドの仏教はイスラム教とヒンズー教のはざまで消えてゆきました。泰澄大師といえども、当時、仏教が釈尊の本国で滅びつつあろうとは、知る由もなかったことでしょう。
 異なる宗教・文化・観念との共生の難しさは、歴史を省みるまでもなく、煩悩まみれの己の胸に手を当ててみれば、明らかなことです。しかし、山を遥拝して心を洗われ、山に登拝して我の尽きた時、世の栄枯盛衰を超え、何某教も何某宗も、何某信仰も何某文化も超えたものに、対立を超えた世界に、些かなりとも触れる思いがします。
 加賀から拝む白山があり、越前から拝む白山があり、美濃から拝む白山があり、飛騨から拝む白山があります。それぞれの道に歴史があり、河川があり、伝承があり、生活があります。しかし、山頂に立ってみれば、白山に二もなく三もありません。此所からすべての道が通じています。
 山での体験と日常生活を「共生」「相即」させ、多様なるものの間に通ずる道を見出してゆきたい、と、心から願っています。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝