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感応道交


 先週の白山登拝の9日前、朝起きて眼鏡をかけようとしたところ、フレームがポキッと折れてしまいました。登拝を前にして、少し嫌な気分になりましたが、逆に考えれば、山中で眼鏡が折れなくて済んだ、と思い、しっかりとしたフレームの眼鏡を新調しました。
 登拝の前夜、今度はケータイのストラップが切れました。ケータイが濡れたり落ちたりしないよう、ストラップでケースに繋いであったのですが、不吉な予感がしないでもありません。しかし、これも、山中で切れるよりは、と思い直し、以前母が作ってくれた根付のストラップで代用しました。
 当日は朝2時に起床、しばし坐禅。叡山行院の時からの習慣です。平瀬から三方崩山、奥三方岳、間名古の頭を通り、地獄覗を少し過ぎた辺りで、雪の亀裂に2m以上転落しました。
 そこに何があったか。只々、私は生きようと必死でありました。起き直ろうともがくと、顔に雪が崩れてきました。恐怖の中で、「あせるな、あせるな」という言葉が口に出ていました。その声に従って、顔の雪を払い、慎重に体を起こしました。しかし、背伸びをしても、雪の上には届きません。ちょうど、部屋の天井くらいの高さ。この時も、「足場を作れ、足場を作れ」という言葉が自ずと口に出、その声に従い、雪の壁に足を蹴り込んで足場を作り、亀裂から脱出できたのでした。
 大汝峰山頂の避難小屋は雪に埋もれて入れず、野宿をしました。靴が凍ってガラスのようになり、翌朝、靴になかなか足が入りませんでした。シンデレラの靴とは斯様なものか、と思いました。
 天台宗を開いた中国の天台智者大師に、「感応道交」という言葉があります。感応道交とは、仏・菩薩のはたらきかけと私たちが、一つに通ずることです。
 眼鏡が折れたのも、ストラップが切れたのも、雪の亀裂に落ちて助かったのも、偶然といえば偶然、なるようになったといえば、それまでです。しかし、もし山中で眼鏡が折れていたら、亀裂の中での「あせるな、あせるな」「足場を作れ、足場を作れ」という声がなかったら、私は生きて戻ることなどできなかったでしょう。
 そこに、白山、即ち十一面観世音菩薩との、感応道交の不思議があります。法華経に「汝等應當一心供養観世音菩薩。是観世音菩薩摩訶薩於怖畏急難之中能施無畏」とありますように。
 自分というものは如何に小さく、限りある存在であることか。だが、そこに限りなきものが、はたらきかけていることを、今回の登拝は教えてくれました。
南無白山妙理大権現
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝