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真勇



 観音様は、私たちに「無畏を施す」と、お経に説かれています。
 13年前の6月、産まれてまだ2日のわが子の危急の知らせを受けた時、私は、会社から病院へと向かう電車の中で、只管、観音様に祈っていました。「どうか、わが子を救ってください。救ってくださったならば、私は一生、貴方に帰依します。」
 しかし、病院に着いた時には、既に心電図はフラットになっていました。「ご臨終です。」まるで、映画でも見ているような、非現実的な時間・・・自然の摂理の無慈悲さ。観音様も、あの時の私たちに、何もすることはできませんでした。
 翌年の正月、初めて北陸を訪れ、越前の永平寺と共に、加賀の那谷寺に参詣しました。当時は意識していませんでしたが、これが白山順禮の最初のご縁でした。
 あれから13年。更なる愛別離苦を重ね、郷里を離れて処々を転々としましたが、行く先々で、十一面観音像に出会いました。高賀山や伊吹山から神々しい白山を目の当たりにし、崇敬の念はますます募っていきました。
 あれから13年。今感ずるのは、観音様は、私たちを苦しみから逃れさせてくれるのではなく、苦しみの中でどう生きてゆくかを、指し示してくださるのだ、ということです。
 「無畏」、畏れが無い、とは、除災招福といったような受動的な意味ではなく、「真勇」、苦しみ・悲しみ・恐怖の現実の中にあっても、それを乗り越えてゆく、真の勇気のことでありましょう。
 観音様が私たちに施してくださっているのは、そのような力、やむにやまれぬ力、智慧と慈悲の光なのです。
 真っ白に輝く白山。十一面観音菩薩示現の霊峰、白山。白山の登拝、遥拝とは、観音様との相見(しょうけん)、観音様との一対一の対話です。妙理との対話です。私はもはや、観音様に帰依するのに、条件など付けません。白山に、妙理に、観音力によって、生かされているこの命なのですから。
南無帰命頂禮佛法大棟梁白山妙理権現
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝