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八反滝~初河山~芦倉山~中州宿巡拝1

 白山美濃馬場・白山中宮長瀧寺の古の山伏たちは、「白山鳩居峯」を行場として峯入り修行をしていました。「長瀧寺真鑑正編」によれば、かつては「白山鳩居峯中壁書」が杉板に彫られてあり、その内容は、彦山修験の「三峯相承法則密記」にある、新客等が守るべき十八箇条の「峯中壁書」と全く同文で、寛永12年(1635)に「大峯葛城鳩居峯第七度行人権大僧都行典法印」が書き改めたものでした。「修正延年並祭礼次第」(慶安元年(1648))によれば、「四月八日鳩居入峰」「六月十五日鳩居入峰出」「六月二十三日又鳩居入峰、(中略)此時は二十三日の夜は拝殿の護摩堂に一夜行ひ神鳩へすくに懸入也」「八月十三日入峰、一の宿より懸出、六月のと同」とあり、年二回の峯入りが行われていました。「鳩居峯」には九または十の宿(行中の拠点)があったと伝わり、「長瀧寺真鑑正編」には「国坂ハ白山拾宿ノ中ニテ山伏ノ行場ナレハ」とあります。「長瀧寺神社仏閣記録」(宝幢坊所蔵史料)には「鳩居峯八堂之本尊」(九堂?)として九つの堂(宿)の名と本地仏が記されています。

一宿 不動明王   二宿 釈迦如来
三宿 阿弥陀如来  多婆宿 毘沙門
国坂 十一面観音  泉之宿 大日如来
中須 普賢菩薩   カウ橋 文殊菩薩
神鳩 虚空像菩薩

長瀧寺の古図にはその内の「一の宿」「二ノ宿」「三ノ宿」「タワノ宿」が描かれ、石徹白に伝わる「白山絵図」には「たわのしゅく」「国境之宿」「火合千之宿」「中州宿」「かうはせの宿」「神鳩」が描かれています。これらの絵図を見ると、鳩居峯の宿は長瀧寺から三ノ宿~西山~毘沙門岳~大日ヶ岳~天狗山~芦倉山~丸山~銚子ヶ峰と続く尾根に沿って設けられていたことが分かります。その大部分は今は藪の尾根で、祠が現存、あるいは跡が発見されている宿は五つのみです。白山の山伏が絶滅し、今や獣以外ほとんど訪れる者もないこれらの宿の本地仏を、せめて毎月巡拝して読経礼拝し供養せねばと、二年前より半月ごとに長瀧寺から五宿目の国坂宿(国境之宿)までの順拝を行じております。国坂宿までは千三百~四百m近い峯々で、無雪期は途中二~三mの笹藪、積雪期は二~三mの雪に覆われた尾根、白山狂の野人の足で、長瀧寺に戻るまで十時間前後かかります。国坂宿から先は千七百m級の峯々となり、藪も積雪もキツく、場所の定かでない宿も多く、今のところ順拝はしておりませんが、年に数回は登拝しております。
 ところで、「鳩居峯」とは何なのでしょうか?白山でも越前馬場や加賀馬場にはこの名は聞かれず、美濃馬場の長瀧寺から神鳩宿まで続く峯々のことのようです。長瀧寺から白山への登拝路・白山美濃禅定道はこの峯々を通らず、旧桧峠で交差し尾根を越えています。鳩居峯は神鳩で美濃禅定道と合流し、神鳩から上は白山の内とされていたようです。鳩居は「はとい」と読まれているものの、古老の方のお話では「きゅうきょ」と伝え聞いているとのこと。しかしその名の由来はよく分からず、私の知る限りでは、この山域で「鳩居」と名のつく地名は只一つです。それは、井上翼章が江戸時代後期に著した「越前国名蹟考」所収の「白山ヨリ石徹白道筋」の絵図中にある、「鳩居三番瀧」です。この滝は、中居神社(ちゅうきょじんじゃ)の大宮から美女下社を経て美女下道を下った白山美濃禅定道が、渡っている川の奥に描かれています。現在「八反滝」(はったんだき)と呼ばれている滝です。川は、初河谷(はっこだに)です。以前から、「はったん」も「はっこ」も「鳩居」と関係があるのでは?と思っておりましたが、中居神社から朝日添川沿いに登った処に「鳩塩ノ滝」(はつしおのたき)があることを知り、その思いはますます強まりました。ちなみに、鳩居峯が白山美濃禅定道と合流する「神鳩」(「越前国名蹟考」には「上鳩」)は、「かんばた」と読みます。「鳩居峯」について鳩居峯に直に学ぶべく、五年ぶりに八反滝から初河山の藪を漕ぎ、さらに初河谷に下って芦倉山の藪を漕ぐことにしました。
 10月8日朝5時45分、石徹白の白山中居神社に参拝。


大宮殿の脇から古の白山美濃禅定道を登ってゆきました。浄安杉、泰澄大師が斧の刃を潰して保川に捨てたという斧石(よきいし)を経て、6時半に美女下社跡参拝。



昨年(2017年)夏までは小藪に覆われていた古道ですが、草が刈られて歩きやすくなっています。八丁坂(はっちょうざか)を下って犬石を過ぎると、刈られた道は南側へカーブしていますが、私はいつも通り北西へ直進して谷を渡ります。


入峯から一時間で初河谷(はっこだに)出合に着地。


今日は此処で美濃禅定道に別れを告げ、初河山を見上げつつ、初河谷沿いに上流へと歩を進めました。


 初河谷を徒渉すること六回、初河谷出合から三十分で八反滝(はったんだき)着。


「越前国名蹟考」の絵図に「鳩居三番瀧」として描かれている滝です。三番瀧というからには、二番瀧と一番瀧もあったはず、初河谷には此処から上流にいくつかの滝があります。


(八反滝より上流の滝、2013.7登拝時)
初河谷の源流から国境尾根を越えると、飛騨・尾上郷側に「カウハセノ宿(カウ橋宿)」があったと伝わり、古の鳩居峯行者は、宿を拠点に「鳩居峯」の山河で修行していたのでしょう。約二ヶ月の入峯を年二回行じていた鳩居峯の山伏たちは、単に尾根を歩いて白山まで登拝していたのではなかったはずです。滝前で勤行を修し、白山権現王子眷属を供養しました。
 八反滝から、右岸の崖を草木にしがみついてよじ登り、八反滝と初河谷を見下ろしました。


「鳩居三番瀧」の「鳩居」は、もしかしたら「はっこ」と読むのでしょうか?初河山の尾根は灌木主体の藪、登ってゆくとやがて初河山と芦倉山が見上げられます。


南西からの尾根と合流すると、灌木に笹とツルが交じり三拍子揃った藪に。


一歩進むのにも一苦労です。尾根上の大木が根こそぎ北側に倒れている処があり(先月(2018年9月)の台風21号の時のものでしょうか)、崩壊した尾根上から南西に野伏ヶ岳と小白山を遥拝。


南には、歩いてきた美女下平の奥に石徹白の集落、毘沙門岳と西山が望めました。


厳しい藪漕ぎ中、右手首を擦り、メモ帳はどこかに落としてしまいました。
 赤や黄色に色づいた藪を登って標高千五百mを超えると、北の樹間に白山がお姿を現わしました!


堂々と聳え立つ別山の右奥に、白山頂・御前峰。向かって右に南白山、左に三ノ峰が控え、三ノ峰・二ノ峰・一ノ峰が三段の一つの山に見えます。その手前の銚子ヶ峰から向かって右に尾根が下り、鳩居峯と美濃禅定道の尾根の合流点の少し下に、神鳩の避難小屋。


白山三所権現(白山妙理大権現・本地十一面観音菩薩、小白山別山大行事・本地聖観音菩薩、越南知大権現・本地阿弥陀如来)と神鳩宿本地・虚空蔵菩薩を礼拝供養しました。東には芦倉山、その右奥に天狗山~大日ヶ岳と続く鳩居峯。


鳩居峯はさらに桧峠から毘沙門岳、西山と続いて南方の長瀧寺へと下っています。彼方には高賀の山並。


初河山頂部は奥が深く、藪漕いで一山越えると、さらに上に山が続いています。
(続く)
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝