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鶴形山~洲原・母野巡拝


 美濃市にある洲原神社は、古来、洲原白山とも呼ばれてきた、白山美濃馬場の前宮です。
 境内から国道と長良川鉄道の線路を挟んで、鶴形山が聳えています。かつては洲原神社の御山と呼ばれ、行場であったこの山に、最近登山道が整備されたとのこと。久しぶりに登ってきました。
 10時半、洲原神社に参拝。神社の前を流れる長良川は昨日は濁流でしたが、今日は普段の色を取り戻していました。依然、流れは急です。


 登山道の標識に従って進み、線路を渡って慈光寺に参拝。岩門を潜って山道を15分程登ると、今清水神社跡がありました。石徹白の大杉の辺りにある今清水社を勧請したものでしょうか。此所から5分程で不動の滝に着きました。


山上の大御前神社と奥御前神社の間を流れる谷にある滝で、かつては「洲原山心滝不動明王」を祀る行場であったそうです。滝は三方が垂直な岩壁に囲まれた奥にあり、般若心経、不動明王ご真言、白山権現ご宝号を唱える声は、まるで石造りの聖堂の中でのように響きました。「心滝」とはさもありなん、まさに自分の心の奥にある隠れ場の如き処でありました。
 滝から10分程登ると、大御前神社跡と別山神社跡のある高台に出ました。白山三所権現のうち、山頂御前峰の白山妙理大権現と別山の別山大行事を祀った処です。北に向かって観音経と、白山権現の本地仏・十一面観音菩薩、別山の本地仏・聖観音菩薩のご真言をお唱えし、しばし坐禅。此所からは白山は見えませんが、南の眼下を白山連峰を源流とする長良川が流れてゆきます。すぐ下から滝の音も響いていました。
 20分程坐し、11時半発。奥御前神社への山道ではなく、間の谷を下ってみました。前日までの雨でかなり滑りやすかったですが、無事に不動の滝の真上に出ました。


 滝の上から対岸の急斜面をよじ登ると、11時45分、奥御前神社跡の高台に出ました。奥御前神社の祭神は大穴牟遅命となっており、白山三所権現のうち、大汝峰の祭神を祀っていたことが分かります。御前峰の北にある大汝峰が「奥御前」と呼ばれるのも、美濃馬場ならではのことでありましょう。大汝峰の本地仏は阿弥陀如来。念仏をお唱えし、戦没者・震災被災者・先祖累代の一切精霊及び三界万霊に回向いたしました。
 12時に発ち、鶴形山頂を目指しました。尾根を登って10分弱で登頂。南西に少し歩くと鉄塔があり、北西の視界が開けました。奥に見えるのは片知山でしょうか。高賀山の本地仏・虚空蔵菩薩のご真言をお唱えしました。


 鉄塔から巡視路を北西へ下り、12時半、沢沿いの林道に出ました。蒸し暑く、沢で洗面してクモの巣を拭いました。鶴形山の展望を求め、沢を渡って北西に上がる巡視路を15分程登って鉄塔に着いたものの、樹に覆われ展望なし。来た道を戻って再び沢で洗面し、13時過ぎに林道を下りました。
 10分弱で線路、国道そして長良川に出、母野駅から長良川右岸の国道を北上。途中、水神様を祀った石碑があり、水神様ご真言をお唱えしました。13時半、白石橋を渡ると鶴形山の姿がよく見えました。


橋の上流の川の中に白っぽい石があり、この石が橋名の由来でしょうか。
 橋を渡った処に白山神社があります。


かつて、白山を開山された泰澄大師が母と共にこの辺りを訪れた折、当時は人家もなく、樹の下で野宿をされたとのことであります。越前出身の泰澄大師と母に纏わる伝説は、御母衣や銚子ヶ峰の母御石等、美濃・飛騨側にも残されています。白山神社に参拝し、泰澄大師と御母堂を供養いたしました。
 長良川左岸を川と鶴形山を見つつ南下。高速道路を潜ると川は東に大きく蛇行。14時10分、佐羅早松神社の入口に着きました。この辺りからも鶴形山の眺めは良く、川の中の岩上には水神様が祀ってありました。


 5分程で佐羅早松神社着。白山加賀馬場の「白山七社」の一つ、佐羅早松宮を勧請した処です。白山三所権現のご真言・ご宝号をお唱えしました。佐羅早松神社のすぐ上にある霊泉寺にも参拝。祀ってある十一面観音菩薩に掌を合わせました。
 上河内橋を渡って15時に洲原神社着。お盆休みは白山を遥拝することはできませんでしたが、白山前宮・洲原神社周辺に残る白山信仰の霊地を、巡拝することができました。
南無白山妙理大権現
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝