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終わりなき旅


 先週の中頃より、朝に窓から拝む白山の頂が、白く輝きはじめました。今朝、ヘッドランプを点けて近所の里山に登ってみると、北東に山頂付近の白い御嶽山。


北の樹間には、白山三山のお姿。


双眼鏡で見ると別山はまだ黒く見え、山頂御前峰は雪が斑に、中央奥の大汝峰は真っ白に見えます(冒頭写真)。北から順に冬がやって来るのが感じ取れます。左から聖観音菩薩、阿弥陀如来、十一面観音菩薩と並ぶ三山の本地仏に掌を合わせ、観音経とお念仏をお唱えしました。
 ドストエフスキーの「白痴」に、コロンブスが幸せを感じたのは新大陸を発見した時ではなく、それを発見しつつある時であったろう、大切なのは発見そのものよりも探求の過程なのだ、といったことが書かれてあります。このことは、人生にも山行にも当てはまるのではないでしょうか。
 山行の醍醐味は、山頂に立つことよりも、その途上における苦楽に充ちた体験、山との対話の中にこそあるのだと思います。ある山の登拝を決意し、ルートを検討し、計画を立て、身心を整え、天候を見極め、登山口に向かい、山に分け入る。そのすべてが山との対話であります。いや、下山して帰宅するまで、あるいは日常における生活のあり方まで、すべてが山との対話であるとも言えましょう。
 私にとって白山の巡礼とは、彼岸への、この上もなく美しきものへの、終わりのない旅です。白山の清浄な姿を前にする時、己の如何に小さく、弱く、汚く、罪深い存在であるかを思わずにはおれません。その汚れなき美しさは、譬えるならば、生後3日で亡くなった幼な児が、産まれた日に見開いた純真無垢な瞳、己の運命を予感したかのように、無知な父の前で見開いた円らな瞳にも比すべきものであります…
 白山が、その名の通りの真白き姿で輝く季節が、また、やって来ました。
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Haxanjunrei

松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝