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白倉岳・金糞岳登拝

 18日朝6時半、近江高山のキャンプ場前を出発し、花房尾根へ。登るにつれて山道に雪が現れ、カナ山方面から日が射してきました。


西の樹間には己高山。一時間ほど登ると右後方に伊吹山が頭を出しました。
 滝谷頭からの登山道は雪に覆われ、スパッツを着用。獣の足跡を辿りました。8時20分、奥山着。冷たい北西風に、手袋をはめました。


白倉岳と金糞岳を遥拝しつつ尾根を北上してゆくと、遠近で鹿の鳴き声が聞こえてきました。やがて、霰が降り始めました。
 9時前にゴロウ頭着。己高山方面からの尾根との合流点です。南西に己高山、南に伊吹山を遥拝しました。


 此処からは、霰の中、右手に伊吹山やブンゲンを垣間見つつ雪上を縦走。雪は深い処で膝下くらい。八草出合を経て白倉岳に登ってゆくと、己高山へと連なる尾根が見渡せました。


 9時50分、白倉岳登頂。北側は雪雲に覆われ、展望はありませんでした。白山の方に面して延命十句観音経をお唱えし、金糞岳へと向かいました。


金糞岳山頂付近は雲が去来し、伊吹山やブンゲンも見え隠れ。10時20分に登頂。


冷たい北西風の中、観音経と白山権現ご真言・ご宝号をお唱えしました。足がすっかりかじかみ、一休みして南へ下りました。
 獣の足跡しかなかった花房ルートとは打って変わり、こちらのルートは鳥越林道の連状口から大勢の登山客が登ってきました。左手に伊吹山から北の尾根、その前をカナ山~北に連なる尾根。右手には花房尾根。正面には琵琶湖。小雨の中、紅や黄に色づいた木々に覆われた中津尾根を下ってゆくと、猿の軍団に出会いました。ホイッスルを吹き鳴らし、道を開けてもらいました。
 12時半に東俣谷に出、渓流と山々の紅葉を楽しみつつ、左岸の林道を下ってゆきました。30分ほど下ると谷沿いに祠があり、渓に面した岩上に石碑がありました。


「慈渕権現」と読むのでしょうか。琵琶湖の対岸、湖西の「しこぶち神」と関わりがあるのかもしれません。念仏をお唱えし、金糞岳、白倉岳から流れくる渓流を前に正身端坐しました。


13時半、キャンプ場着。すぐ近くの白龍神社に参拝、堂来清水で洗面し、お水をいただきました。
 下山後、泰澄大師が白山から伊吹山までの峰々に開いた修験道場の一つとして開山されたと伝わる、小谷山麓の小谷寺に参拝。本尊は如意輪観音。裏山に登ると、浅井長政公の碑がありました。
 その後、高月・渡岸寺観音堂の十一面観世音菩薩さまと相見。天平8年(736)に疱瘡が流行した際、聖武天皇の勅により泰澄大師が彫ったと伝わる国宝です。日曜日とあって、大勢の拝観者が来ていました。心の中で法華経観世音菩薩普門品をお唱えしました。
 泰澄大師が白山頂翠ヶ池で感得した十一面観世音菩薩とは、このようなお姿をしていたに違いありません。いつ拝んでも、本当に麗しい観音さまです。しかし、背後に回ってみると、後頭部に「暴悪大笑面」があります。このお顔と対面していると、観音さまは、私の欲望や怒りや愚痴不満を、私の悩み、苦しみ、尽きぬ悪業、愚かさを、仮借なく笑い飛ばしておられるのを感じました…それはおそらく、彼岸の笑い、悟りの世界からの笑いでありましょう。
 観音さまは、私の悪業などに手を差し伸べているのではありませんでした。そんなものを、許してくれてはいませんでした。観音さまが手を差し伸べておられるのは、私たちの内にある「道心」、「忘己利他」の心に気づかせ、育むためではないでしょうか。
 かつて、「道心つきたまえ」と念じつつ、一日千回の礼拝行を千夜続けた僧がおられました。悪業から逃れられぬ極悪人のこの私ですが、観音さま、どうか些かなりとも、道心つきたまわんことを。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝