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三島~箱根山登拝

 12月31日朝6時半、三島駅前を出発。浅間神社、白瀧観音堂と巡拝して7時に三嶋大社へ。


三嶋大明神に参拝し、道中の無事を祈りました。
 三嶋大社門前より、東海道を東へ。大場川を渡ると右前方の山の端が明け初め、左手には富士山の姿が拝めました。旧街道の石畳を登ってゆき、7時半すぎ、錦田一里塚より富士山を遥拝。


富士浅間大菩薩のご宝号をお唱えしました。
 塚原新田からは、だんだんと山道らしさが増してきます。臼転坂で路傍の馬頭観音や六地蔵に掌を合わせました。8時すぎ、坂公民館の裏手から富士山を拝みましたが、富士山は雲に隠れてしまっていました。三ツ谷新田、松雲寺を経て、こわめし坂のキツい登り。坂を登った処にある山神宮で一休みしました。
 笹原新田を登ると、8時45分、雲の切れ間に真っ白に輝く富士の頂きが姿を現しました。


この辺りには、日本一の吊り橋が建設されるようです。
 上長坂からは、かつての石畳が保存されていて古の旅人の足跡を感じることのできる道です。湿っていて滑りやすく、此処からはストックを使いました。石畳の坂をいくつか登って、9時10分に山中城跡前へ。行き倒れになった巡礼の旅人を祀ったという芝切地蔵や宗閑寺にお参りし、山中城内を散策しました。富士山は雲の中。駒形諏訪神社から旧街道に戻り、雲助の親分の、徳利の形をしたお墓で念仏をお唱えしました。
 此処から箱根峠までは、石畳の旧道がカーブの多い車道を横切って続いています。車がビュンビュン走る見通しの悪い車道を渡る心境は、獣たちの心と全く同じです。念仏石に掌を合わせて再び車道を渡ると、藪化した古道がありました。ためらうことなく直進すると背丈を越える完全なる藪に。藪を掻き分け車道に出ると、道の向こうに石畳の古道が続いていました。峠への最後の登りのこの道は、背丈をはるかに越える笹のトンネルに覆われていました。


 10時半、箱根峠着。伊豆と相模の国境です。箱根山頂には雲がかかっていました。車の多い危険な車道を渡ると、峠から下る石畳の坂道がありました。坂を下って西国順禮の供養塔に掌を合わせ、駒形権現に参拝。芦ノ湖に出、11時12分、箱根関所を無事通過しました。湖畔からは駒ヶ岳が見え、やがて箱根神社の鳥居も見えてきました。


 人通りの多い路傍にひっそりと祀ってある身代地蔵尊。宇治川の戦いで名馬・磨墨に騎って先陣争いをした源頼朝の武将・梶原景季は、此処で命を狙われた際、このお地蔵さまのおかげで命を救われたそうです。地蔵菩薩のご真言をお唱えしました。
 11時40分、箱根神社参拝。明治の神仏分離までは箱根大権現と呼ばれ、天平宝字元年(757)萬巻上人が箱根三所権現を勧請して建立したとのことです。箱根三所権現の本地仏である文殊菩薩・弥勒菩薩・観世音菩薩のご真言をお唱えしました。境内には大勢の参拝客がいましたが、少し奥にある箱根権現の旧跡はひっそりとしていました。しばし佇んで箱根大権現を拝みました。
 この辺りから駒ヶ岳山頂に直接登る道はないようですが、道は自分で見出だすもの。萬巻上人もそうやって登ったはずです。芦ノ湖畔を歩いて12時すぎにロープウェイのりばを過ぎ、コテージの間の道を山へと登ってゆきました。コテージの上の車道を渡り、さらに山へと直登。谷沿いにしばらく踏み跡があったものの、やがて藪に。急峻な尾根に取り付いて藪を漕いでゆくと、12時40分、山道に出ました。一つ右の尾根上をロープウェイが通っています。道に藪はないものの、ぬかるんだ黒土の急斜面。ツルツル滑って危険です。
 道は右手の谷をトラバースし、ロープウェイ直下に。13時、ロープウェイ中間の鉄塔に着くと、眼下に芦ノ湖が、上には駒ヶ岳山頂駅がみえました。


滑りやすい急坂を登っていると、頭上をロープウェイが上り下りしてゆきます。振り返れば、芦ノ湖の彼方に駿河湾。


駒ヶ岳山頂部は冷たい風が吹きすさび、土や草が凍っていましたが、積雪はありませんでした。
 13時半、山頂の箱根神社元宮に参拝。


箱根大権現のご宝号をお唱えしました。正月の準備ですでに神主さんも来ておられました。駒ヶ岳から神山方面へと向かい、神山の姿に合掌。


箱根山最高峰の神山は、その名の通り神々しい山です。日暮までに湯本へ下りたいので神山へは登らず、14時、駒ヶ岳と神山の鞍部の十字路を右へ。お中道と呼ばれる道ですが、途中で道から東の藪中へと下りました。ドロドロの林道を何度か横切り、15時前にゴルフ場に着陸。ゴルフ場からホテル前の車道に出ると、右に上る駒ヶ岳側の道は硫化水素発生で通行止になっていました。左に下る道の先には、相模湾が見渡せました。
 車道を下ってゆき、15時半前、湯坂路入口着。鎌倉時代に使われていた、尾根上の古道です。ペースを速めて鷹ノ巣山の大日如来を拝み、坂道から相模湾を遠望。


15時50分、浅間山に着くと、西日と駒ヶ岳と神山を拝むことができました。


箱根大権現に別れを告げ、湯本へと下ってゆきました。歴史を感じさせる湯坂路の長い尾根道は、どこか、白山禅定道を思わせるものがありました。
 17時前、夕闇の中、湯本に無事下りました。早雲寺の門前を通って白山神社に参拝。平成24年最後の巡礼地です。天平10年(738)、疱瘡が流行した折、白山を開山された泰澄大師のお弟子・浄定行者が此処に十一面観世音菩薩をお祀りすると、霊泉が涌出したとのことです。正月の飾り付けがされた境内には誰もおらず、闇の中に無数の提灯が点っていました。


白山三所権現のご真言・ご宝号をお唱えし、一年間の山行の無事を感謝しました。
 泰澄大師は養老元年(717)、白山頂翠ヶ池にて初めに九頭龍を、次に十一面観世音菩薩を感得しました。萬巻上人が箱根山にて箱根三所権現を感得し、芦ノ湖の九頭龍を調伏したのは、その40年後のことでした。泰澄大師、浄定行者そして萬巻上人が教えていること、それは、己の内なる毒龍の如き心を、欲望・怒り・妬み・思い上がり・自暴自棄を、仏・菩薩の心に転じなさい、ということではないでしょうか。毒龍の如き心を、絶えず、仏・菩薩の心に変容してゆく。泰澄大師の体験は、その美しい象徴です。
 毒龍・毒蛇の如き心の尽きぬ私ですが、新年も白山権現と同行二人で順禮を続けて参ります。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝