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武芸八幡宮~権現山登拝

 10日間も山に登らずにいると、身心の調子がおかしくなってしまいます。10日は晴れ間はあるものの雲が多く、展望が期待できないため山に行くか躊躇していましたが、お腹にたまっていた栄養過剰な軟便が昼すぎまで止まらないので、意を決して手ブラで出発しました。余分なものを一切捨てての、即興的山行です。
 14時、武芸(むげ)八幡宮に参拝。白山を開山された泰澄大師が大碓命を祀って創建。大碓命は景行天皇の子で、小碓命、即ち日本武尊の兄です。美濃の豪族・神大根王の二人の娘との間に生まれた子は、ムゲツ氏などの祖となりました。
 随神門をくぐると、谷に沿って奥へ、しっとりとした参道が続いていました。途中に立つ、樹齢千年の大杉。


木肌に触れ、ゆったりとした息吹を感じました。拝殿に参拝、八幡大菩薩、白山権現と泰澄大師のご宝号をお唱えしました。拝殿の横には鐘楼があります。


明治の神仏分離までは境内にあったという大聖寺の、唯一の名残です。
 鐘楼から寿橋を渡り、八幡谷沿いの林道へ。林道終点から尾根に取りつきました。藪ですが、尾根筋に踏み跡が続いています。急峻な尾根を北上して稜線に出、北西へ。帰りに下り口を間違えぬよう、折れた枝で目印を作りました。15時頃、鉄塔を経て西へ縦走してゆくと、南に百々ヶ峰や、泰澄大師が蔵王権現を祀った芥見権現山。その向こうにはうっすらと名古屋の高層ビル。北西には汾陽寺山の右に、これから縦走してゆく権現山までの尾根が一望できました。


 370m三角点からは、尾根は北へ。尾根を一旦下ると、鞍部に峠道が現れました。こんな処に峠があったろうか?と不思議に思いましたが、峠道ではなく小知野からの登山道でありました。登山道を急ぎ足で登り、15時半前、山頂東の鉄塔着。白山も滝波山も雪雲の中でしたが、高賀の山並の左に蕪山がうっすらと見えました。


北面して般若心経と高賀山本地・虚空蔵菩薩ご真言、白山権現ご真言・ご宝号および念仏をお唱えしました。三尾山や日永岳方面は雪雲に覆われ、鉄塔下に坐していると雪がちらほらと舞ってきました。上空をチョウゲンボウでしょうか、羽ばたくことなく無礙に飛んでゆきました。


 高賀山に向かって投地礼し、16時、権現山頂の白山社へ。


延命十句観音経と白山本地・十一面観世音菩薩ご真言、白山権現ご宝号をお唱えして下山しました。日没前に八幡宮に戻りたいので、左手の樹間に天王山を見つつ山道を駈け下って30分程で370m三角点着。鉄塔への登りの途中で南を見ると、夕焼けにほんのりと染まった空を背景に、芥見権現山から百々ヶ峰のシルエット。その手前を流れる、武儀川、長良川。


鉄塔からは北面して権現山頂の白山権現に一礼し、来た道を違うことなく下ってゆきました。
 尾根から林道終点の谷へ下りたのは、17時10分でした。


武芸八幡宮にて、日暮までに無事下山できたことを感謝。参道脇にある大聖寺跡の碑にも掌を合わせ、般若心経をお唱えしました。
 山行の経験を重ねていくうちに、技術も知識も道具もたまってゆくものですが、たまには原点に立ち返って、技術も知識も道具も擲ち、名前も捨てて草木と一体となり、脛に傷をつけながら野山を駈けめぐって、神仏に、生きものに、光に、雲に、山に、川に向き合うことを、権現さま、お許しください。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝