FC2ブログ

記事一覧

高澤観音より三山縦走~白山遥拝


 清流津保川を遡って武儀(むぎ)に入ると、高澤観音(日龍峰寺)への入口があります。猿の群が戯れる林道を登って19日13時前、池の近くに駐車。


両面宿儺が悪龍を調伏したと伝わる池です。両面宿儺は、日本書紀では仁徳天皇の御代に成敗された飛騨の豪族とされていますが、寺伝では、飛騨から都に上って仁徳天皇に拝謁しての帰路、高澤山の池に棲む悪龍を退治し、日龍峰寺を開創したとされています。飛騨の千光寺にも両面宿儺開山の伝承があります。
 池から「遊歩道」と書かれた壊れかけた橋を渡って山道へ。尾根を一気に登って25分程で高澤山の岩上に立つと、北側の展望が開けました。曇っていたので展望は期待していなかったのですが、瓢ヶ岳など高賀の山並と白尾・鷲ヶ岳・烏帽子岳の山並の中間に、ひときわ白く、別山と御前峰が姿を現していました。空が白く写真にはうまく撮れませんでした。高賀と白山の間にはゴンニャクなどの山並。白山を遥拝しながら般若心経をお唱えしました。西にはこれから縦走してゆく大仏(おおぼとけ)と本城山。その左には雪を被った伊吹山がうっすらと見え、さらに左には岐阜市の百々ヶ峰と金華山。
 縦走路を進んでゆくと、御嶽山の姿も拝めました。13時半すぎ、大仏山頂着。足元にはわずかに雪が積もっていました。反射板の下で白山を遥拝しながら観音経をお唱えしました。
 大仏からの山道は南西に下るのですが、西の藪尾根を下ってしまい、本城山への尾根が左手樹間に見えた為、山腹をトラバースして縦走路に出ました。14時半前に本城山着。戦国時代に城があったそうです。岩上からは南側の展望が開け、南西に金華山(岐阜城)と百々ヶ峰、その背後に養老・鈴鹿の山々。東には恵那山が望めました。



北側は樹々に覆われているので少し西にある鉄塔まで下ってみると、樹間にまっ白な白山頂御前峰が頭を出していました。


白山に掌を合わせ、来た道を戻りました。
 縦走路を違うことなく大仏に登ってゆくと、山頂手前に石碑が祀ってありました。立山大権現、白山大権現、冨士山大権現のご宝号の上に、それぞれ、不動明王、十一面観世音菩薩、大日如来の種字が書かれています。


日本三霊山のご真言とご宝号をお唱えして再び大仏山頂の反射板下に登ると、夕空に白山のお姿がくっきりと浮かび上がっていました(冒頭写真)。別山は雲のヴェールに覆われていましたが、御前峰は塵もとどめぬ美しさ。登拝して本当によかった…と思いました。
 大仏から下ると、御嶽山もくっきりと拝めました。


15時半すぎ高澤山頂に戻り、高賀の山々を左に、白尾・鷲ヶ岳・烏帽子岳を右に従えた白山に向かって投地礼して下山しました。


 16時前に日龍峰寺の多宝塔横に下りました。


北条政子寄進の塔です。妙法蓮華経如来寿量品偈を読誦。諸堂に参拝した後、本堂へ。


本堂の後ろに霊水が湧き出ており、宝篋印塔が建っています。宝篋印陀羅尼をお唱えしました。続いて本堂脇の両面宿儺に参拝。「當山開基一頭両面四手四脚宿儺」。秘仏なのでお姿は拝めませんでした。高澤観音のご本尊は、千手千眼観音さま。千手千眼観世音菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼とご真言、白山権現ご宝号をお唱えし、観音さまの限りなき慈悲の心に感謝しました。
 仁王門を出て林道を下ると、お寺の方が一人で道普請をしておられたのでご挨拶。両面宿儺さまは、11月の第三日曜日にご開帳されるそうです。
関連記事

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

白山順禮写真館

Haxanjunrei

松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝