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猪臥山より白山遥拝


 17日朝6時前、飛騨清見の猪臥(いぶし)山トンネル前を出発。引き締まった大量の積雪、何処から山に取り付こうと随意です。彦谷を渡って北西への尾根を登ってゆきました。雪はほどよい固さで、カンジキもアイゼンも不要でした。
 30分程登ると東の山の端から朝日が差し、西には樹越しに白山の姿。尾根から振り返ると、南東に御嶽山も見えてきました。猪臥山へと連なる稜線に出て、北へ。7時に山頂南のピークに立つと、遮るものなく白山と相見することができました(冒頭写真)。御前峰、剣ヶ峰、大汝峰を中心に、左に別山。さらに左には大日ヶ岳や鷲ヶ岳。東側には、乗鞍岳と御嶽山。


白山と対面して雪上に坐し、妙法蓮華経観世音菩薩普門品及び如来寿量品偈を読誦。
「諸有修功徳 柔和質直者 則皆見我身 在此而説法…」
 御前峰と剣ヶ峰の間に御宝庫、そして転法輪谷を真正面から拝めました。「転法輪」の名の通り、白山が(あるいは釈尊が白山で)常に法を説いておられるのを感じました。何を説いておられるのでしょうか…人々の苦しみに応じて仏教にはいくつもの宗派があり教えがありますが、仏法、仏さまの教えであることの「証拠、しるし」とされるものに、諸行無常・諸法無我・涅槃寂静の「三法印」があります。
諸行無常。すべては移ろいゆきます。出会いには必ず別れがあります。私は老い、病み、そして死にます。いつかは山にも登れなくなります。
諸法無我。今のままでありたい、と、どんなに願っても、いつまでもしがみつけるモノなど何一つありません。私とは、様々な要素が縁に随って仮合し代謝している、たまゆらな現象にすぎません。
涅槃寂静。我が消えた処、「俺が」「私が」という意識の止まった処に、安らぎが、生かされているいのち・仏の無量のおんいのちへの目覚めが、そして、この限りあるいのちをどう使ってゆくのかという転機が…
ふと、先日訪れた宮城・松島の瑞巌寺で拝んだ円空上人作の釈迦如来坐像を思い出しました。鼻が欠け、右の腕や腹部が朽ちても微笑みを失わずに正身端坐する古仏のお姿に、先の大震災のことが自ずと想われ、強い感銘を受けました。
 40分程して坐を立ち、山頂へ向かいました。


8時登頂。360°の展望、雲海の彼方に立山、穂高、乗鞍、御嶽などの山並。山頂付近の神社は雪に埋もれていました。




山頂から西に少し下った処に、白山に面して屹立した岩があり、岩上にて坐禅しました。



 9時に下山。来た道を戻りました。温度が上がり、雪が緩んできました。彦谷に下る前に、尾根伝いに1330m三角点まで寄り道。途中の雪上から御嶽山や白山の眺望を楽しみ、11時に駐車地へと下りました。猪臥山トンネルをくぐって清見から古川に抜け、畦畑の白山神社に参拝。石段は雪に覆われ、神社下からは雪景色の奥に猪臥山を遥拝。


 昼食は高山市国府町の「復興レストラン 女川すえひろ」。津波で被災して宮城・女川町から高山に移転し、がんばっておられます。美味しいうどんをいただきました。石巻のずんだもちもお薦めです。女川町を先日訪れた際、女川港を見下ろす高台の熊野神社に参拝し、亡くなられた方々のご冥福と、被災された方々と町の復興を祈りました。


津波で横倒しになったビルが残る中、流されてしまった町や港の復興整備が新年度より本格化するようです。
 昼食後は千光寺へ。円空上人が多くの仏像を彫った処ですが、円空仏は東京の国立博物館に来月まで出張中とのことでご不在でした。本尊の観音菩薩や開山の両面宿儺に参拝し、裏山の愛宕堂へ。


此処は両面宿儺の霊地であり、泰澄大師が白山大神を勧請した処でもあるそうです。般若心経と、釈尊・白山権現・両面宿儺(スクナ菩薩)のご宝号をお唱えしました。
 円空仏は拝めませんでしたが、その分、松島で出会った釈尊像の印象が、薄れることなく残っています。

鼻欠いて腕腹朽ちて坐し給う釈迦牟尼佛のいのち涯なし
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝