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三方崩山・奥三方岳~白山遥拝


 21日朝5時、白川郷の帰雲城(かえりくもじょう)埋没地に参拝しました。


天正13年(1585)11月29日、白山周辺を震源とする巨大地震により帰雲山が大崩壊し、内ヶ島氏理の居城、帰雲城と城下町は埋没、百年以上に渡って白川郷を支配してきた内ヶ島氏は、一夜にして滅亡してしまったのでした。この大地震では大垣城や長浜城も全壊しており、山内一豊の娘も亡くなっています。観音さまの御前で般若心経と念仏をお唱えし、天正大地震の犠牲者に回向しました。
 庄川沿いに車を走らせ、平瀬から三方崩山登山口への林道に入って途中で駐車。5時45分に出発しました。林道終点から山道に入ると、背後の山の端から日が昇ってきました。残雪は少なく、スミレやイワウチワ咲く山道を登って40分程で主稜線に出ました。三方崩山頂方面には雪が見えます。タムシバ咲く樹影の尾根の一本道を西へ、黙々と行道。次第に残雪が増え、7時すぎ、三方崩山頂が見えてきました。


念の為アイゼンを履き、崩れかかった尾根を登ってゆきました。狭い尾根の右側は雪、左側は崖ですが、どちらに転んでも奈落の底です。やがて左前方に別山が拝め、前方には奥三方岳の背後に白山頂部が頭を現しました。
 雪上を登って、8時半、三方崩山着。歩いてきた尾根を振り返りました。


西には白山頂御前峰と剣ヶ峰を遥拝。その右側には奥三方岳、左側には別山。観音経をお唱えしました。


三方崩山から奥三方岳へは、一旦、西の鞍部へ下らなくてはなりません。北に少し巻きながら雪上を下りましたが、ベトつく雪がアイゼン底にこびりつきます。なるべく笹の出ている辺りを下りました。低い藪や雪の斜面を登ってゆくと、白山頂御前峰と剣ヶ峰、大汝峰、左には別山と白水湖が見えてきました。


 9時45分、奥三方岳登頂。先週登ったばかりの御前峰、剣ヶ峰、大汝峰を遥拝し、般若心経を読誦。


白山頂部の右手には間名古の頭。二年前に此処から間名古の頭を経て白山まで縦走した尾根を、一望しました。


白山と対面し、雪上に出ていた樹の枝を尻に敷いて正身端坐。
 天正大地震の前、白山は何度か噴火をしていました。天文23年(1554)は剣ヶ峰と大汝峰の間の翠ヶ池火口から噴火、火砕流も発生したと推測されています。加賀越前越中飛騨の白山麓では、大量の火山灰に悩まされたようです。天正7年(1579)にも噴火があったと記録にあります。剣ヶ峰と大汝峰の間から噴煙がどれくらいの高さまで昇ったのだろう…350年以上噴火していない白山ですが、いつか、また噴火することでしょう。今現前している、青い空と白い山。この一念の中に、過去も未来もすべて含まれているのを感じました。
 40分程して坐を立つと、早朝よりも遠くの景色が見えていました。北東の帰雲山と猿ヶ馬場山の背後に、北アルプスの山並。北北東には三ヶ辻山と人形山、北北西には野谷庄司山や笈ヶ岳。


南西には白水湖と別山の佳景。


白山に向かって雪上で投地礼し、11時に下山しました。自分の足跡を辿って山頂から下り、奥三方岳と白山を遥拝(冒頭写真)。三方崩山への登りは、雪ではなくガレた尾根を直登しました。


50分程で三方崩山に戻り、白山に掌を合わせて下山しました。


 三方崩山の尾根はその名の通り、崩れており、何もしなくても、土砂が頻りに谷底へ転げ落ちてゆきます。


向かいには帰雲山の大崩壊の跡。


主稜線から登山口へと下ってゆくと、薄紫色のキクザキイチゲに出会いました。


ギフチョウも舞っていました。14時40分、無事駐車地点へ。沢水で洗面し、のどを潤しました。
 帰りに荘川一色白山神社の萱葺の拝殿に参拝して感謝。荘川インターを入ると、目の前をカモシカが悠々と横切ってゆきました。
 白山と、じっくり対話できた一日でした。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝