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能生白山神社~権現岳~鉾ヶ岳登拝1

 11月9日、昨秋に続き、越後・能生(のう)へ。前日夕方、ひるがのから白山を遥拝。


左に別山(本地・聖観音菩薩)、右に御前峰(本地・十一面観音菩薩)と剣ヶ峰。11月1日に冠雪した白山ですが、その後の温かさで雪はだいぶ融けています。高速バスとローカル線に乗り、飛騨・越中経由で越後に入りました。
 9日朝6時、能生白山神社に参拝。


泰澄大師創建の霊廟で、かつては能生山太平寺(泰平寺、天台宗)と号していました。白山加賀馬場の「白山之記」に、白山九所小神の一つとして「ノウノ白山」と記されています。長享2年(1488)11月、詩僧・万里集九が太平寺理観坊に入り、五ヶ月ほど逗留しています。文明17年(1485)に太田道灌に招かれ美濃から江戸城に入った万里集九でしたが、道灌の死後、美濃・鵜沼に戻る決心をし、長享2年8月14日に妻子と従僧二人を連れて江戸城を出発、須賀谷(一月以上滞在)、六日町、柏崎等を経て10月11日に越後府中(現・直江津駅周辺)着、越後守護・上杉常泰(じょうたい、上杉房定)と対談し府中で一月ほど過ごしました。 そして11月16日風雪の中、越府を発ち、有間川を経て18日に能生に着いたのでした。能生滞在中、万里集九は上杉常泰公の描いた観音さまの図に

円通観自在ハ今ノ柳
正法明如来ハ昔ノ花
今ノ柳ト昔ノ花ハ総テ無二(むに)
春ハ太守ノ筆端ニ従ッテ加ハル

と賛しています。正月七日の詩に、

越之後州能生山太平寺ハ廼(すなわ)チ泰澄大師行道之地ニシテ、鎮守白山廟ニ椿ノ故事有リ

去歳、鴻ヲ聴イテ武陵ヲ出ヅ
今ニ至ルマデ旅宿シ、氷ヲ口(くち)ニ含ム
斯ノ山ノ故事、定メテ椿識ラン
飛鉢ノ泰澄、其ノ昔ノ勇ヲ

白山権現ご宝前で勤行を修し、白山三所権現(白山妙理大権現・本地十一面観音菩薩、別山大行事権現・本地聖観音菩薩、白山大己貴権現・本地阿弥陀如来)と、観音さまの過去身である正法明如来を礼拝供養しました。


白山神社から海岸に出、弁天岩へ。


岩上より日本海を望み、観音さま即ち正法明如来の広大円満な大悲心に掌を合わせました。


南側には、白山神社裏の尾山の稜線越しに鉾ヶ岳が頭を覗かせていました。


 6時半に弁天岩を発ち、白山神社から能生駅方面へ歩を進めると、名号碑がありました。


見覚えのある書体、徳本上人の名号碑です。文化14年(1817)、亡くなる一年前の建立。今年(2018年)は徳本上人が遷化されて二百年。9月に箕面の瀧安寺に参拝した時も、思いがけず徳本上人の名号碑に出会いました。念仏をお称えし、鉾ヶ岳を望みつつ南へ。7時、能生川の土手より鉾ヶ岳・大沢岳・金冠を遥拝。


手前には神道山と江星山。大沢の九頭龍大神より、島道川の奥に拝む鉾ヶ岳。


「泰澄和尚伝記」に、養老元年(717)、白山天嶺の緑碧池で泰澄和尚の前に九頭竜王が現われた後、十一面観音菩さまの玉体が現前されたことが記されていますが、「白山大鏡」には、「深沙太山之池」に正法明如来が半身を現わした後、十一面観音さまと九頭八龍の姿を化現されたことが記され、悪業ある者は九頭蛇体を拝み、善業仏種の者には十一面半身光明の形を現わす、とあります。白山の開山伝承について、どれが正しいなどと戯論することは無意味です。大切なことは、自分の内面の池に潜む毒龍悪鬼と仏菩薩に気づくことです。私はなんと度々、毒龍の如き振舞いをしでかすことか。心のもっと深層には、仏菩薩の広大円満な大慈悲心があるにもかかわらず・・・。
 八坂八幡神社に参拝して能生川上流へと行道。途中、この地方によく見られる造りの建物があります。


立派な破風のある、突出した玄関。お地蔵さまや観音さまが祀られたお堂に参拝して8時半に須川橋を渡ると、権現岳がその異容を現わしました。


周辺には巨大な稲架(はさ)。諏訪橋を渡るとポツポツ雨が降ってきました。都生の水(くによしのみず)で喉を潤し、9時前、柵口(ませぐち)の五社神社に参拝。


白山三所権現王子眷属を拝み、権現岳と金冠を見上げつつ入峯。


雨がけっこう降ってきたので、上だけカッパを着ました。9時半に登山口着、急峻な山道を上へ。昨年(2017年)10月に登拝した際は白滝を拝みつつ登りましたが、今日は白滝に全く水がありません。


靴は昨年同様、ハイカットのズックです。ロープを握り、紅葉の中を只管上へ。



胎内洞入口に登り、入胎。


洞内下方にも穴があります。


窟内で勤行を修し、上に出ると、紅葉と山景が目に映りました。


白山権現即ち正法明如来を父母として出胎し、最初に見た光景。「泰澄和尚伝記」で泰澄和尚の前に現われた貴女が「吾ガ身ハ乃チ伊弉諾尊是也」と告げ、平泉寺の「白山権現講式」が「伊弉諾」を「イザナギ」でなく「イザナミ」と読ませている如く、白山妙理大権現は男女を超えた妙理です。

「凡普天率土日月星宿みな吾躰なり。森々たる霊木離々たる異草、みなこれ我王子眷属の所居也。十方法界皆我神躰にあらすといふ事なく、世界衆生みな吾うみなせる子なり。我な穢しそ穢しそ」
(「大永神書」、白山権現のご神託)

我を捨ててさらに上へ登ってゆくと、雨は次第に止んできました。


下には、歩いてきた能生谷。


上には、トッケ峰・鉾ヶ岳・金冠。


はさみ岩を通り抜け、11時前に白山権現参拝。


観音経をお唱えし、白山権現王子眷属を礼拝供養しました。雨はほぼ止み、暑くも寒くもありません。権現岳頂へとさらに急登してゆくと、南に雲を被った火打山と焼山が見えてきました。


(つづく)
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝