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熊ヶ岳~油坂峠放浪

 越前馬場白山平泉寺は、朝倉景鏡と共に信長方に転じて朝倉義景を滅ぼした翌天正2年(1574)、一向一揆との戦で焼き討ちされ、全山焼失しました。この戦で平泉寺院主も景鏡も自害しましたが、顕海僧正は藤原秀衡寄進と伝わる阿弥陀如来坐像を井戸に沈めて守り、二人の弟子を連れて越前境に近い美濃の「桔梗ヶ原」に逃れました。そして9年の避難生活の後、越前に戻って平泉寺を復興されたのでした。顕海僧正ご一行が潜んでいたという越前・美濃国境の山々を登拝してきました。
 14日朝6時、美濃馬場白山中宮長瀧寺に参拝し、長滝の南隣の二日町にある延年の森公園へ。駐車場を6時半に発ち、「展望台」へと登ってゆきました。10分程で「展望台」に着くと、其処には崩れた東屋の屋根がありました。


雲を被った白尾山が見えます。山道は此処で終わり、東屋の後ろの尾根に取り付くと、藪化した踏み跡(獣道?)が続いていました。急峻な尾根を西へ、南へ、また西へと登ってゆくと、勾配が穏やかになってきました。


さらに南へ登って谷を渡り、東からの尾根に付いて西へ登ると、7時半すぎに鉄塔巡視路に出ました。熊ヶ岳山頂直下の鉄塔を経て7時45分登頂。北には雲を被った大日ヶ岳の麓に、前谷から桧峠へと上る白山美濃禅定道。


東の鷲ヶ岳や白尾山も頭に雲を被っていました。北面して坐し、般若心経、白山権現ご真言・ご宝号、大日如来ご真言をお唱えしました。
 8時に坐を立ち鉄塔巡視路を南へ。一つ下の鉄塔からは南に延々と続く鉄塔が見下ろせ、巡視路もあるようですが、鉄塔より上に林道があった為こちらを辿ってみました。が、西へ少し進むと谷があり林道は此処で途切れていました。谷を渡って山腹の藪をトラバースしようと試みましたが、勾配が急で滑りやすく、尾根に上がることにしました。美濃・越前国境の尾根です。
 8時半に尾根上に出ると、処々踏み跡か獣道がありましたが完全に藪化した処もあり、眼鏡ストラップと手袋を着用しました。藪は疎らでも、鋭い枝先は危険です。国境の稜線を南下してゆくと麓からバイクの音が聞こえてきました。油坂峠道路(旧道)を走るライダー達です。国境尾根から南東~東に分岐する尾根を下ると、9時半すぎに藪から鉄塔に出ました。鉄塔越しに油坂峠道路と白鳥の町が見渡せました。


 巡視路を伝って、谷を隔てた南のピークに立つ鉄塔に10時着。南に中部縦貫道・越美トンネルの福井県側出入口を往来する車が見下ろせ、北には熊ヶ岳から歩いてきた峰々が見上げられました。



鉄塔下にて正身端坐。ラジオでは全国的に秋晴れと言っていましたが、どんよりと雲に覆われ、微雨も時々降ってきます。麓の車やバイクの音が止むと、残るのは森の中の鳥の声と、叢の中のコオロギの声。電線が時折、ジーッと微かな音を立て、遠くで鹿が鳴き、上空を飛行機が飛んでゆきます。此処から見える山中の何処かに、顕海僧正と二人の弟子は9年の間籠っていたのでした。平泉寺復興の願を胸に秘めて…。大願を成就する為には、それ程の忍辱と精進が必要なのかもしれません。油坂峠を見下ろしながら顕海僧正ご一行の行持を想い、般若心経と白山権現ご真言・ご宝号をお唱えしました。
 10時半に油坂峠へと下ってゆくと、巡視路にイノシシの親子がいました。親1頭に子供2頭。親は私の様子をしばらく窺っていましたが、「ブー」と子供を連れて走り去ってゆきました。


油坂峠道路(旧道)に下って道を上ると、すぐに古の油坂峠への山道がありました。11時前に油坂峠着。蝶々水の横に「峰高う涌は恵みの清水かな」の句碑と、名号碑がありました。名号碑の前で念仏をお唱えしました。


 峠を越えて越前から美濃に戻り、油坂峠道路を下ってゆくと、正面に熊ヶ岳の姿。


これからかなり登らねばなりません。道路を10分程下って林道に入り、背丈を越えるススキの間を上ること約一時間、眼下に油坂峠までの尾根と鉄塔を一望しました。



12時半に熊ヶ岳に戻ると、大日ヶ岳は朝よりも雲が少なくなっていました。


鷲ヶ岳から白尾山の山並はくっきりと現われていました。


大日ヶ岳の彼方の白山に向かって観音経を読誦しました。
 13時に下山し、来た尾根ではなく鉄塔巡視路を下りました。一つ北の鉄塔へ下り、さらに下ると沢に出ました。豊かな水が、岩の間を勢いよく流れ下ってゆきます。


この沢筋も美濃と越前を結ぶ峠道であったようです。左岸に上ると踏み跡がありました。下ってゆくと堰が現われ、堰の下の林道を下って14時前に駐車場着。延年の森公園には朝と同様、誰も見当たりませんでした。
 帰り道、白尾山麓の栃洞白山神社に参拝しました。


越前の白山平泉寺が壊滅する前年、一向一揆の危険を察した信者が十一面観音菩薩像と御神符を持し、栃洞の豪農を頼って避難してきた、と伝えられているそうです。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝