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比叡山巡拝

 11月25日朝6時、坂本駅を出て日吉大社へ向かいました。薄明の中、境内に入って先ず白山宮に参拝。


延暦元年(782)に比叡・八王子山麓に白山妙理大権現が現われたとの伝承があります。やがて白山権現即ち十一面観音菩薩は、日吉山王七社の一つ、客人宮(まろうどのみや)に祀られるようになりました。般若心経と白山権現ご真言・ご宝号をお唱えしました。
 続いて西本宮、東本宮の山王大権現に参拝し、6時40分頃に八王子坂を登ってゆきました。




牛尾宮・三宮からは、琵琶湖の向こうに三上山が望めました。


7時半すぎに三石岳着。


横川へと歩を進めると、恵心僧都の御墓がありました。


墓前にて恵心僧都の横川法語と念仏をお唱えしました。「人間に生るることをよろこぶべし」「本願にあふ事をよろこぶべし」「妄念をいとはずして信心の浅きをなげき、こころざしをふかくしてつねに名号をとなふべし」…南無阿弥陀仏の有難さ。
 横川に入り、恵心院に参拝。


入口の碑には、名号の下に「極重悪人 無他方便 唯称弥陀 得生極楽」と書かれています。どんな過ちを犯した人をも見捨てることのない、阿弥陀さま。人間は、過つもの。でも、自分の過ちに気づき、苦しみ、仏さまのみ前に懺悔することができるのも、人間ではないでしょうか。
 恵心僧都の師であった元三大師(慈恵大師)の四季講堂にて般若心経と如意輪観音ご真言、向かいの弁天さまにご真言をお唱えして、道元禅師得度の旧蹟へ。かつて横川の行院で加行をしていた時、朝2時に起きて四季講堂と弁天さまにご真言をお唱えし、井戸まで閼伽水を汲みに行っていましたが、まだ真っ暗ですから、すぐ下に道元禅師の旧蹟があるとは知りませんでした。当時は、自分の抱えていた苦しみを忘れようとする如く、一心不乱に行じていました。しかし、その時にたたきこまれた様々な事の本当の意味は、後になってから少しずつ少しずつ、分かってくるのでした(山から湧く水のように…)。行院の前に佇み投地礼をして、有難き体験をさせていただいたことを感謝しました。


 元三大師廟に参拝し、横川中堂へ。ご本尊のお優しい聖観音菩薩さまの御前で、観音経を読誦。横川の観音さまは、当時からずっと、私の行いを慈悲と忍耐とをもって見守って下さっていたのでしょう…。横川の朝は静かです。雨が少し降ってきました。根本如法堂にお参りして西塔方面へ向かいました。


 9時半、「地主権現釣垂岩」と称される大岩の前を通りました。大昔、大山咋神がこの岩上から琵琶湖に釣糸を垂れていたとのこと…スケールのデカい話です。


峰道に入ると、雨は止んだものの東から冷たい風が吹いていました。玉体杉からは京都市街を遠望。


峰道から一旦、西に下り、10時すぎに黒谷の青龍寺に参拝しました。


法然上人は此処で専修念仏の一行に帰結し、山を下りて布教を始めたのでした。
 峰道に戻り、10時40分、西塔着。此処まで来るとさすがに参拝者が多いです。転法輪堂(釈迦堂)にて如来寿量品偈と釈尊ご真言をお唱えし、お堂の裏山に登ると、弥勒仏が坐しておられました。


釈尊入滅の56億7千万年後に現われるという、弥勒仏。未来を救う仏さまです。
 釈迦堂に戻って法華堂と常行堂に参拝。


中国の天台智者大師の「摩訶止観」に説かれている「四種三昧」の道場です。法華堂と常行堂は天台宗の寺院にはよく見られ、美濃馬場白山中宮長瀧寺の古図にも、二堂が並んで描かれています。長瀧寺常行堂の「跡」は、今でもあります。
 伝教大師御廟のある浄土院は、ひっそりと寂まりかえっていました。延暦寺を開いてその後の日本仏教発展の礎となした、伝教大師(最澄)。念仏と大師ご宝号、山家学生式をお唱えしました。「国宝とは何物ぞ。宝とは道心なり」「一隅を照らす、此れ即ち国宝なり」「己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり」…。


 東塔には、大勢の参拝者。戒壇院にて梵網菩薩戒経偈をお唱えしました。


伝教大師の悲願であった、日本初の大乗仏教の戒壇。大師の生前には認可されず、死後七日目に認可されました。お釈迦さまの示された戒(不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、不飲酒)は、古くなるどころか、今の時代にその重要性を増しているように感じられます。産みたくなかったのに出産した子供を虐待死させてしまう母親と、その原因を作っている恋人や夫。飲酒運転による「悪質な」死亡事故。過ちを犯すことは誰にでもあり得ますが、厳罰化によって形式的に法を守らされるのと、自発的に悪を作らず善を行うよう努め、悔い改めてゆくのと、どちらがよいのでしょうか。危険運転や虐待をしないのは、自分が警察に捕まらないためではなく、人を殺さず、害さず、苦しめず、共に生きてゆくためでありたいものです。
 お昼頃、延暦寺の総本堂・根本中堂のお薬師さまに参拝しました。伝教大師から綿々と続く「不滅の法灯」。日本仏教の原点が、此処にあります。参拝後、向かいの文殊楼に上って根本中堂に掌を合わせました。近くの丘の上では、天台智者大師のお像が根本中堂を見守るかのように坐しておられました。


 ケーブル駅の展望所からは、晴れていれば伊吹山、そして白山も見えるようですが、今日は伊吹山も白山も姿を隠していました。


白山権現と伊吹山ご宝号をお唱えし、無動寺谷へと下りてゆきました。
 再び静かな山道となり、雨はやや強くなってきました。


明王堂から起伏のある山腹の道を下り、13時半に麓へ。山では樹が雨を防いでくれますが、街ではそうはゆきません。松ノ馬場駅へと急ぎ、折よくやって来た電車に乗って、久し振りの三塔巡拝を終えました。
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松樸裏

Author:松樸裏
自由と孤独を愛するアウトサイダーと、万物の母たる大自然との一対一の対話
2006~奥美濃の藪山を登り始める
2009~白山三禅定道を毎年登拝
2016~19白山美濃馬場の古の山伏の行場「白山鳩居峯」のうち五宿を毎月巡拝、以後随時巡拝